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嶋永太郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/20 04:59 UTC 版)

嶋永太郎

嶋 永太郎(しま えいたろう、1880年明治13年)2月20日 - 1942年昭和17年)3月7日)は、日本陸軍軍人小倉市長。最終階級は陸軍中将。栄典は正四位勲二等功五級

人物

福岡県出身。1901年(明治34年)に陸軍士官学校(第13期)を卒業した後、歩兵第47連隊に配属され、日露戦争に従軍した。1911年(明治44年)に陸軍大学校(第23期)を卒業し、参謀本部に勤務。関東軍司令部勤務を経て、歩兵第14連隊長、第7師団参謀長、歩兵第10旅団長などを歴任した。

1933年(昭和8年)3月30日予備役編入となる。

1934年(昭和9年)から2年間、九州帝国大学法文学部法学政治学経済学を学ぶ。1938年(昭和13年)4月20日に小倉市長に選出され、1942年3月7日に死去するまで在任した。

参考資料

  • 『陸海軍将官人事総覧・陸軍篇』 芙蓉書房
  • 『官報』1942年6月24日 官吏卒去及死去 「正四位 勲二等 功五級 陸軍中将 嶋永太郎ハ本年三月七日卒去」
  • 『自治制実施五十周年記念 全国市長銘鑑』、帝国自治協会、1938年



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