子供一人
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/04 07:59 UTC 版)
この春、女学校を出たばかりの芳子は病院で、激しいつわりに苦しみ、お産ができるかどうかも危ぶまれていた。そんな未熟な幼な妻の母体の危機を夫・元田はいたわり見守っていた。田舎町の造り酒屋の娘・芳子は卒業間近、親の縁談を嫌がり、畳屋の息子で、苦学し去年大学を出て働いていた元田のアパートへ逃げて行ったのだった。芳子が妊娠し、2人は結婚を許されたため、芳子は死んでも産むと言い張り、自分が死んだ後に夫が日常のことに困らないように書きつけた「遺言状」まで作っていた。 やがて不安は薄れ、芳子は食欲も増し、どんどん太ってきた。しかし芳子は平気で煙草を吸い、人が変わったように下品になり、夫に反抗的態度を取るようになってきた。芳子は病的な嫉妬に悩まされて女中も辞めさせ、夫が母体を心配して医者に中絶を頼んだことさえも逆恨みし、被害妄想に陥った。精神に異常をきたした芳子は自分でも自覚して宗教書などを読んだりしたが、被害妄想は収まらず、夫に虐待されているから離婚すると里へ手紙を出したりした。辞めていった女中が芳子の実家へ様子を伝えていたため、迎えにきた芳子の姉は、元田を責めなかった。芳子は戻るつもりらしく「遺言状」が机に残してあった。不可解な女心が元田の胸にしみた。 やがて無事に出産したという電報が来て、元田が芳子の産室へ行くと、にっこり笑って再び可憐な少女のような芳子に戻り、赤ん坊に乳を含ませていた。元田は信じられないような奇怪な思いで、芳子を幾つもの人間に変えて、魔術師のように翻弄したとも思える、あどけない猿のような新しい生き物が母の乳を強い力で吸っているのを見つめていた。
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