妻・冨士子
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桂歌丸の妻。通称、冨士子夫人。1932年生まれで歌丸より4歳年上。蒔絵師の末娘で、歌丸と同じく横浜真金町の出身であり生家の近くに在住していた。このため、師匠の今輔から勧められた女性を断って、顔見知りだった冨士子と結婚し下積み時代の歌丸を支え続けたと後に語っている。1989年(平成元年)に歌丸が座布団10枚の賞品として獲得した「クィーンエリザベスIIの夕べ」にて“美女とクルージング”をすることになったが、その「美女」として冨士子が登場している。但し、この時は後ろ姿のみで顔は出していなかった。その後も番組内で姿を現すことはなかったため、笑点では「謎のヴェールに包まれた人物」とされていた。2007年(平成19年)11月23日に行われた歌丸の旭日小綬章と金婚式を祝う会では、公の場に夫婦揃って登場した。 高座や大喜利で、しばしば「恐妻」「鬼嫁」としてネタにされ、歌丸以外では楽太郎(6代目円楽)が罵倒ネタの1つとして用いることもあった。なお、歌丸は冨士子を知らない視聴者のために「冨士子ってのは、あたくしの妻なんです」と頻繁に解説していた。 歌丸最後の出演となった2016年5月22日の笑点の生放送に観客として客席におり、その模様が歌丸勇退特集の地上波日本テレビ系列及びBS日テレの笑点関連番組で放送された。 歌丸死後の笑点追悼特番では、冨士子をはじめとした遺族が収録を観覧した。
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