大野広一とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > 大野広一の意味・解説 

大野広一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/02/09 13:29 UTC 版)

大野 広一(おおの こういち、1891年明治24年)4月1日 - 1986年昭和61年)12月8日[1])は、大日本帝国陸軍軍人著作家[1]

大野 広一
おおの こういち
生誕 1891年4月1日
日本 岐阜県
死没 (1986-12-08) 1986年12月8日(95歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1914年 - 1945年
最終階級 陸軍中将
テンプレートを表示

大野廣一(こういち)とも。最終階級は陸軍中将[2]

経歴

1891年(明治24年)4月1日岐阜県で生まれた[3]陸軍士官学校第26期、陸軍大学校第38期卒業[3]。歩兵科から憲兵科に転科した[3]

1936年(昭和11年)6月に天津憲兵隊長に就任し[4]1932年(昭和12年)11月に陸軍憲兵大佐に進級[4]1938年(昭和13年)8月に支那駐屯憲兵隊総務部長に転じた[4]1940年(昭和15年)12月に陸軍少将に進級し[4]1941年(昭和16年)5月に北支那派遣憲兵隊総務部長に就任した[3]1942年(昭和17年)2月に関東憲兵隊総務部長に転じ[3]1943年(昭和18年)1月4日に関東憲兵隊司令官に着任[3]。同年3月1日陸軍憲兵学校長に転じ[3]8月26日に中支那派遣憲兵隊司令官に就任した[3]1945年(昭和20年)4月7日に陸軍中将に進級し[4]関東軍から本土決戦に備えるために内地に帰還した第11師団第2総軍第15方面軍第55軍)の師団長に親補された[3]高知県で本土決戦に備える中で終戦を迎えた[3]

栄典

外国勲章佩用允許

著作

  • 『第十一師団歴史の概要』大野広一・著(1961年)
  • 『日本弱体化憲法』大野広一・著(1968年)
  • 『終戦当時第十一師団長陸軍中将大野広一回想録及著書と意見集並に生涯の体験から得た人生教訓』大野広一・著(1976年)[6]

脚注

参考文献

  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。 ISBN 4829500026 

関連項目




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  
  •  大野広一のページへのリンク

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「大野広一」の関連用語

大野広一のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



大野広一のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの大野広一 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS