地形の形成史とは? わかりやすく解説

地形の形成史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/27 05:44 UTC 版)

北上山地」の記事における「地形の形成史」の解説

地質的に古生界中生界それぞれ古生代中生代地層)が広く分布する最高峰抱え早池峰構造帯を境に南北大きく分かれ北部北上山地南部北上帯、南部北上山地葛巻-釜石帯と安家-田野原帯がある。各構造帯分かつ線は、南北長い山地斜めに切っておおよそ北北西から南南東に走る。 このうちもっとも古い先シルル系基盤を持つのは南部北上帯である。奥州市前沢生母北部北部奥州市水沢黒石町広がる母体変成岩類、陸前高田市氷上山を中心にした氷上花崗岩類などがあり、日本中でも最古部類属す地層である。南部北上帯はシルル紀からデボン紀にはサンゴ生育するような水温の高い大陸縁辺浅海にあり、後に北上して北部北上山地衝突したではないかという。北部葛巻-釜石帯と安家-田野原帯は、古生代基盤ジュラ系付加されたものである早池峰構造帯オルドビス紀からシルル紀海洋性地殻であったものが、南部北上帯と北部地塊衝突境界部分が持ち上がったこの後白亜紀前期大島造山運動起こり全体各所花崗岩貫かれた。北上山地原型この頃できあがった古第三紀まで北上山地大陸縁辺ロシア沿海州一体になっており、阿武隈山地と距離が近かった古第三紀入って双葉断層を境に東側にある北上山地北へ、西の阿武隈山地南へ横ずれして引き離された。続いて、およそ3000万年前から1500万年前までかかって日本列島大陸から分離して現在の位置移動したその頃北上山地一つ大きな島で、西側浅海をなし、奥羽山脈はまだなかった。奥羽山脈隆起後期中新世始まり北上山地との間に北上盆地生まれた北上山地新生代通じて陸地であったため長く浸食さらされた。加えて最終氷期周氷河作用によって斜面ならされ結果、今あるようなだらかな地形できあがった

※この「地形の形成史」の解説は、「北上山地」の解説の一部です。
「地形の形成史」を含む「北上山地」の記事については、「北上山地」の概要を参照ください。

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