国語研究・語学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/08 14:39 UTC 版)
漢文を訓読する際に訓点を記入することは、奈良時代末期から見られるが、院政期にはヲコト点をはじめ訓法が流派ごとに固定してくる。代表的な訓点資料として『大慈恩寺三蔵法師伝』(興福寺本=重要文化財、ほか)などがある。 日本語を記した辞書として10世紀末ごろには既に『和名類聚抄』が作られていたが、院政期にも新たな動きがあった。撰者未詳の図書寮本『類聚名義抄』(1100年頃)と、橘忠兼の『色葉字類抄』(2巻本1163年-1165年頃成立、3巻本1182年-1184年頃成立)がそれである。前者は部首別に分類された漢字の読みや意味を出典とともに掲げたものであり、鎌倉時代に入ったのちは大幅に改編され、観智院本が作られた。後者はイロハ別・意義分野別に分類された語の読みから漢字を引くものであり、こちらも増補されて10巻本『伊呂波字類抄』が作られた。ともに後世の国語辞書に与えた影響が大きい。 また明覚によって漢字や梵字の発音の研究も行われた。明覚には、『反音作法』『梵字形音義』『悉曇要訣』などの著作がある。
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