国名の呼称
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/29 05:35 UTC 版)
イルハンのイルとは、元来テュルク諸語において互いに仲間である人間の集団を意味し、特に遊牧民においては遊牧民が支配層を構成する遊牧国家・遊牧政権そのものをこの語によって表現した。これはモンゴル語のウルスとほぼ同義であるが、モンゴル語にもそのままの形で取り入れられ、モンゴル帝国ではもともと敵方であった人間集団や都市、国家をモンゴル帝国側に吸収し、また引き入れることに成功したときに「仲間となる」という意味合いで「イルとなる」と表現した。そのため、これに遊牧政権の君主を意味するハン、あるいはカンを付したイル・ハン(il χan 〜 il qan > ايلخان īl-khān)やイルカンは「部衆の君長」「国民の主」を意味し、ほぼ同義のウルシュ・イディという称号とも併せて、モンゴル帝国を構成する諸ウルスにおいて、必ずしもイルハン朝の君主のみが用いた称号ではなかった。 しかし、この政権の建設者であるチンギス・カンの孫フレグがこのイル・カンの称号を帯びていたこと、また特に西欧において発展した近代史学においては、1824年にフランスの東洋史学者アベル・レミュザが公表した研究で、第4代君主アルグンがフランス王国のフィリップ4世に同盟を申し入れた書簡において、アルグンの称号としてイル・カンが用いられていたことが注目され、イルハン朝、あるいはイル=ハン国、イル・ハン国、イル・カン国といった通称が広く用いられるようになった。『集史』など、この政権自身や周辺が編纂した記録では、ペルシア語でウールーセ・フーラーグー(Ūlūs-i Hūlākū)、つまりモンゴル語で「フレグのウルス」を意味する呼称を翻訳した表現がみられることなどもあり、モンゴル研究者からは、フレグ一門のウルスという意味で、フレグ・ウルスと呼ばれることも多い。
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