困難な林冠の研究
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/17 05:33 UTC 版)
林冠が一つの生態系であるとの考え方は、比較的新しいものである。二十世紀後半までは、林冠については研究がほとんど行われなかった。この理由は、大きくは二つあると思われる。一つは方法の難しさ、もう一つはむしろ林床のほうが重視されたためである。 第一の理由の一つは、何よりも我々が樹上動物ではないことである。サルとしては大きすぎ、重すぎる体格は、樹上での活動をいたく困難にしている。それよりは森の下を歩いていた方が楽であり、そこで見られる生物も十分に多様である。 そうして地上を見れば、大型動物はたいてい地上性である。果実も落ちてきた物を食べるし、地上をかきまぜて土中からえさを漁る。さらに地表には多くの落ち葉や枯れ枝などの植物遺体が積もり、土壌が形成される。そこには多量の土壌動物が生息し、腐性食物連鎖がある。つまり地上の生態系は生産層である林冠の下に、分解層である土壌があって、ここが中々に豊かなのである。そこで森林の生態系を考える時には土壌を無視できない。土壌中の生物を探すのは難しいが、土壌動物採集のために装置が考案され、土壌微生物も分離法が開発された。 その一方で、林冠については研究が進まなかった。全くないわけではなく、たとえば1970年代の生産性生態学のはやったころには、その場の生物をすべて採集する試みがあった。たとえば一本の樹木全体に布をかけ、農薬を散布し、落ちてくる動物をすべて採集する、などの方法である。その結果、それまでに知られていなかった動物が採集されたり、樹上にいるとは思われなかった動物が見つかったりした例があったものの、大きな流れとはならなかった。 そこに、困難さの理由のひとつめのもう一つの側面がある。樹上に到達する方法が難しい事と同時に、その場での生物採集や観察がまた難しいのである。水中や土壌では、その基質そのものを、ひとまず均一なものと見なし、その一部を切り取り、漉し取ることで生物相の採集研究が行われ、定量調査がなされた。それはたとえばプランクトンネットであり、ベルレーゼ装置であったわけである。しかし、樹上では基盤そのものが不連続であり、その一部を切り取る訳には行かない。しかもそこに生活する動物が我々より運動性能に優れているのでは、採集もままならないのである。それでも温帯ではそこに生活する動物もさほど多くなく、地上に多くの生物がいる。それを研究するだけで十分な仕事がある。しかし、熱帯多雨林では地上に生物の影が薄く、土壌の層も薄い。どうしても木の上を見ないではすまされない。
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