合成洗剤の登場から社会問題化まで
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/12 02:19 UTC 版)
「合成洗剤」の記事における「合成洗剤の登場から社会問題化まで」の解説
日本では電気洗濯機とその用品である衣料用合成洗剤の普及自体が、太平洋戦争後になってからであり、とりわけ1950年代頃までは、一部の上流家庭で使われるのみだった。このため、深刻な水質汚染に直結はしなかった。 しかし1960年代に入って高度成長期を迎え、一般家庭の生活様式も一変し、カラーテレビ、電気冷蔵庫とともに電気洗濯機が爆発的に普及した。しかし、日本では大都市である東京都や大阪府も含め、下水道の普及が他の先進国より遅れていたため、家庭から出る洗濯洗剤廃液が垂れ流された結果、各河川の下流域で山のような泡が発生するなど、洗濯洗剤による水質汚染が社会問題化した。 これが上記の合成洗剤追放運動に繋がったが、一方で全国送電網完遂などを背景に洗濯機と合成洗剤の需要は右肩上がりの状況で、全国的には社会問題となりつつも合成洗剤の需要は減るどころか急激に増える一方であった。当時、日本にとって高度経済成長は“敗戦国”から“一流国”に復活するための瀬戸際であり、大量消費生活が奨励されていた。政府や都道府県、自治体もこれらの販売を抑制してまで対策を講じようとはしなかった。
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