原点は湘南高校
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/09 03:27 UTC 版)
3兄弟の次男で、3人とも「家のすぐそばだった」湘南高校に進学。「自分は(私学の)栄光学園に入る秀才タイプでもなく、ましてや慶應のお坊ちゃんでもない」といい、「(公立の)湘南(高校)は自由で徒党も組まず、そこには惹かれたかも」。 ただし、卒業後に兄は東京大学から三井物産に、弟も東大から米国ニューヨークの国際弁護士になった。岡本1人だけ一橋大に進学した理由について、湘南高で部活動のサッカーに熱中して成績が下がったためとしており、サッカー部も両親から忠告され高2の秋に退部した。「悔やみました。人生最大の敗北」で「不甲斐なくてね、その後、毎日家から海岸まで夜走った」といい、「高校時代に足腰を鍛えたおかげか、今でも健康ですよ(笑)」と、月刊誌Wedgeのインタビューに語っている。 湘南高の同級生近藤誠一も外交官(第20代文化庁長官)となり、同窓の先輩の石原慎太郎(政治家で元東京都知事)と「よく飲みに行った」。後年石原は、後任の都知事に岡本を推したが辞退され、一橋大教授にも推薦したが、これも叶わなかった。後輩で国際政治学者の三浦瑠麗について「活躍は嬉しいですね。僕も新聞の対談で知り合って、応援しなくちゃって(笑)」。なお、一橋大でヨット部に入っているが、「“湘南ボーイ”って呼ばれるのは嫌いでね。底抜けに明るくなれないんですよ」。 一橋大では、ゼミの同期に鈴木典比古(元国際基督教大学学長。現・国際教養大学学長)が、同級生に三幣利夫(元中東住友商事社長。現・敬愛大学学長)、岡本毅(日本経済団体連合会副会長)がいる。
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