内藤第3戦
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「ポンサクレック・ウォンジョンカム」の記事における「内藤第3戦」の解説
2007年7月18日、日本の後楽園ホールにて過去2度対戦している内藤大助(日本)と対戦。序盤から動きに精細を欠き、過去2戦とは違って長いリーチを活かし変則的なアウトボクシングをする内藤に有効打とポイントを奪われて苦戦。9回に疲労により動きの落ちた内藤に攻勢をしかけるも同回終盤には押し返され、その後も挑戦者優勢のペースで試合終了のゴング。結果は0-3(113-116が2者、113-115)の判定負けを喫し18度目の防衛に失敗し、約6年4ヶ月に渡って保持してきた王座から陥落するとともに内藤の雪辱を許した。この試合に勝利すれば、10月に19度目の防衛戦を行ったのち12月にタイの王宮でタイのボクサーで連続防衛新記録となる20度目の試合を計画していたがこの敗戦で白紙になった。 2007年10月24日、地元タイにてレイ・ミグレノ(フィリピン)と世界王座陥落後の再起戦を行い、3回TKO勝ちを収めて再起に成功した。 2008年3月8日、日本の両国国技館にて王座奪還を目指し前年7月に王座を奪われた内藤大助(日本)に指名挑戦者として挑戦。4度目の対決となった両者の試合は序盤からハイレベルの技術戦となり、序盤から中盤にかけお互いのパンチが当たらない展開だったが中盤以降にお互いの距離が縮まったこともあり、パンチが当たりだしてヒートアップ。そして一進一退のまま12回を戦い抜き結果は1-1(115-114、113-115、114-114)のドローとなった。規定により王者である内藤の防衛となり、王座奪還はならなかった。その後、ノンタイトル戦を4戦行い4勝(3KO)。
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