伯爵位叙爵と分家ガーノック子爵家創設
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「リンジー伯爵 (スコットランド貴族)」の記事における「伯爵位叙爵と分家ガーノック子爵家創設」の解説
9代卿の子である10代卿ジョン(c.1598–1678)は1633年に「リンジー伯爵(Earl of Lindsay)」及び「パーブロース卿(Lord Parbroath)」に叙せられた。また、本家筋にあたる『王党派伯爵』こと第16代クロフォード伯爵は、初代伯ジョンに優先的に爵位を継承させるべく、1642年にクロフォード伯爵位を返上して再叙爵された。これに伴って、ジョンがクロフォード伯爵位の推定相続人になった。さらに1644年にはスコットランド王国議会によって16代伯の爵位が剥奪され、代わりに彼に与えられた。これを同議会の越権行為であるとする見解もあるが、チャールズ1世は1646年にリンジーの爵位継承を承認したことで、リンジー伯爵がクロフォード伯爵を兼ねることとなった。 また、初代伯の五男パトリックの子ジョン・リンジー=クロフォード(1669-1708)は1703年に「ガーノック子爵(Viscount of Garnock)」及び「キングスバーン及びドラムリーのキルバーニー卿(Lord Kilbirnie, Kingsburn and Drumry)」に叙されて、伯爵家の分家が誕生している。一方でリンジー伯爵位に関しては、初代伯ののち4代伯まで直系男子による爵位の継承が続いた。 4代伯ジョン(1702-1749)が嗣子のないまま死去すると、はとこ甥にあたるガーノック子爵家当主ジョージ・リンジー=クロフォード(5代伯)が爵位を継承した。ゆえに、これ以降は子爵位も伯爵位の従属爵位となった。 しかし、6代伯ジョージ(1758-1808)が生涯未婚のまま没すると、すべての爵位は休止した。 その後、4代卿の次男ウィリアムの子孫にあたる第2代準男爵サー・ジョン・トロッター・ベスーン(1827-1894)は爵位回復の請願を行ったのち、1878年4月5日に貴族院によって第10代リンジー伯爵として爵位の継承を認められた。なお、10代伯の父ヘンリー・リンジー=ベスーン(英語版)(1787-1851)は9代伯とみなされるほか、彼自身が1836年に(ファイフ州キニューカーの)準男爵(Baronet, of Kilconquhar in the County of Fife)を授けられていたことから、準男爵位が伯爵位に従属することとなった。また、彼はその姓を「リンジー」から、「ベスーン(Bethune)」へと改姓している。 他方、クロフォード伯爵位は第9代クロフォード伯爵からの分流バルカレス伯爵家へと継承されたため、2つの伯爵位は分離した。
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