京王帝都電鉄による開発
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/08 08:12 UTC 版)
「桜ヶ丘 (多摩市)」の記事における「京王帝都電鉄による開発」の解説
1956年に当時の京王帝都電鉄は田園都市建設部を発足させ、つつじヶ丘住宅地に続いて、当地に桜ヶ丘住宅地が計画された。聖蹟桜ヶ丘駅南側の約76ヘクタールを買収し、新時代の住宅都市を作ろうというもので、電気・上下水道・都市ガスを完備した当時としては国内で他に類を見ない本格的な街づくりだった。都市ガスは普及していなかったため、ガス供給のための京王ガス株式会社が設立され、京王は鉄道会社として初めてガス事業に参入した(現在は東京ガスが供給)。そして1960年に工事がスタートし、1962年に第1期分譲が開始された。一区画平均100坪で分譲され、分譲開始から4年間に第7期までで全体の約1300区画のうち約1200区画を販売、1971年には全区画が完売した。まだ金融機関によるローンは無く、まとまった資金を有する人しか取得できなかった時代である。この開発により当時の多摩村の人口は1万人を超え、町制施行し多摩町になった。その後、当住宅地の開発に関連して聖蹟桜ヶ丘駅前には、京王百貨店、京王アートマン、京王ストアをキーテナントとする都下で最大規模を有する「京王聖蹟桜ヶ丘ショッピングセンター」が開業したほか、京王本社をはじめとするオフィスビルが進出した。
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