中の峠隧道
名称: | 中の峠隧道 |
ふりがな: | なかのたおずいどう |
登録番号: | 34 - 0024 |
員数(数): | 1 |
員数(単位): | 基 |
構造: | 鉄筋コンクリート造アーチ坑口、全長327m |
時代区分: | 昭和前 |
年代: | 昭和5 |
代表都道府県: | 広島県 |
所在地: | 広島県東広島市西条町大字郷曽字柏原中の峠 |
登録基準: | 国土の歴史的景観に寄与しているもの |
備考(調査): | |
施工者: | |
解説文: | 昭和元年の渇水を契機に,小田山川と深道池間に建設された農業用水路の一部。全長327m。当初建設された径間長約0.7mのRC造欠円アーチからなる南坑口に,落盤防止のため昭和18年長さ約3.8mのRC造箱形坑道を延長する。設計施工は地元の沖田嘉市。 |
中の峠隧道
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/23 16:12 UTC 版)

中の峠隧道(なかのたおずいどう)は、広島県東広島市にある隧道。
概要
東広島市西条町郷曽にあり、全長327mに及ぶ。2000年4月28日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された[1]。
歴史
経緯
西条盆地の南に広がる柏原(かしょうばら)地区にある深道池は、一度干上がるとなかなか満水にならないため、人々は長い間干害に悩まされていた。1926年に起きた大干ばつを契機に、地元の沖田嘉市が山の向こうの小田山川からトンネルを掘り、深道池まで水をひいてこようと考え[2]、翌年から一人で槌と鑿を用いて隧道を掘りはじめた。初めのころ村人たちは協力的でなかったが、一人で掘削を続ける沖田に感銘を受け、次第に手伝うようになった。1930年に隧道は完成した[3]。
年表
- 1926年 - 柏原地区に大干ばつが起こる。
- 1927年 - 沖田嘉市が隧道を掘り始める。
- 1930年 - 完成。
- 1943年 - 落盤防止のため鉄筋コンクリート造の箱形坑道を延長する[1]。
- 2000年4月28日 - 国の登録有形文化財(建造物)に登録される。
参考文献
座標: 北緯34度22分39.04秒 東経132度41分9.95秒 / 北緯34.3775111度 東経132.6860972度
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