下部から上部ベイナイトへの遷移温度
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/13 15:55 UTC 版)
「ベイナイト」の記事における「下部から上部ベイナイトへの遷移温度」の解説
その他のベイナイト変態における議論の多い点は、下部から上部ベイナイトへの遷移があることである。それは―図10に示すように―炭素量を0.5 mass%に増加させると400℃から約550℃に上昇すると信じられている。炭素量の増加に伴って、炭素を大きく飽和したフェライトが一定の速度で変態するようになり、オーステナイト中の炭素の拡散が遅くなる。従って、炭化物を析出するようにオーステナイト中で炭素が充分に拡散するためには、高い変態温度が必要となる。 一方、合金状態がFe-Fe3C状態図のAcm線の外挿線を超えると、合金は準過共析としてオーステナイトから炭化物を析出するようになり、上部ベイナイトを生成する。従って、炭素濃度を0.7 mass%以上にすると遷移温度は350℃に低下する。この温度以下ではオーステナイト中の炭化物の析出が遅くなり、下部ベイナイトを生成する。 少ない炭素量では遷移温度が大きく上昇して、まだフェライトから炭化物が析出するような高い温度になる。上部ベイナイトの生成過程、特に長い時間をかけた変態がそうであるが、オーステナイトへの炭素の富化と炭素過飽和のフェライトが増加し、更にフェライト中に炭化物が析出するために、(下部ベイナイトが生じなくなり)変態機構の移行が認められなくなる。この挙動はむしろ、準安定なFe-ε系の状態図上の上部から下部ベイナイトへの遷移に帰結する。図11に350℃以下のフェライトからのε炭化物排出の概念図を示す。これによれば、炭素量によらず遷移温度は350℃で一定であることになる。この考えに基づくと、ε炭化物の排出は下部ベイナイトの生成に最も重要な機構であることになる。析出した準安定なε炭化物は長い時間をかけて安定なセメンタイトに変っていく。 その他の遷移温度に対する見解として、次のようなものが提案されている: 遷移温度以下では、異なる動力学と変態温度(Bs点とMs点)を持つ、ベイナイト変態からマルテンサイト変態へ、変態機構の遷移が起きる(図12参照)。遷移温度の上昇は、下部ベイナイトの変態に必要な駆動力と炭素量による過冷という、炭素量低下に伴う二つの異なる曲線のために起こる。実験的に観察される、低炭素量における遷移温度の低下はここでは焼入れ性の問題と同一視される。オーステナイトの分解は非常に短時間のうちに始まるために、冷却すると直ちに上部ベイナイトの変態温度に達する。低い変態温度は、試験片の冷却が充分速かったためである。過飽和フェライトからのε炭化物の生成はオーステナイトから炭素が拡散して排出される過程として表される。フェライト中に存在する炭素からのε炭化物生成は、実験的には専ら高炭素鋼でのみ観察される。
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