三島の切腹
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『人斬り』のもう一つの目玉となる田中新兵衛の切腹シーンの撮影は6月30日に行われた。新兵衛が姉小路公知殺しの嫌疑をかけられ、京都町奉行で切腹する場面を演じる三島由紀夫は映画撮影前、自分の出番の撮影スケジュールの最終日にしてほしいと五社監督に依頼していた。 そして三島は、「私は素人ですからいわれるとおりにしますので何でもいいつけてください。ただ切腹の場面だけは私に任せてくれませんか」と言っていた。五社監督は、三島が自主製作映画『憂国』で非常にリアルな切腹を撮っていたので、このシーンの演技はすべて三島に一任することにした。 そして撮影日となり、リハーサル前に三島がボディビルで鍛えた腹筋を動かすのを見たスタッフが、「三島さん、もういっぺんやって!」と声をかけると、三島は喜んで何度も動かして見せていたという。そんなリラックスした雰囲気の中で三島は切腹場面に臨み、フィルムを回す前のリハーサルの時から何度も本気で熱演して身体をまっ赤にしていた。 五社監督が、リハーサルだからそんなに今から力を入れなくていい、気を抜いてくれと言っても、三島は役に入り込んでいて通じなかった。五社は「一種の鬼気」を感じ、ジュラルミンの刀を竹光に替えたが、三島はその竹光で腹に横線が付くほど押しつけ、「ムキになってやらなければ出来ないんだ」と言った。そして最後のリハーサルでは、自分の腹まで竹光で少し切って血を出してしまった。 私は驚いて、「三島さん、竹光で怪我されちゃ困る。これは映画なんだから、迫力で躰で出してもらって腹を刺すのは芝居でやってくださいよ。盗むところは自分で力を盗んで……」というと、「わかった、わかった、こんな傷なんでもないよ」。こんなやりとりで本番に入った。本番ではあらかじめ腹に管が通してあって、竹光で刺すと血糊が出る仕掛けになっている。ところが三島さんは思い切りやった。躰中をまっ赤にして、グッと竹光を腹に回した。みるみる腹の皮が破れていく。見ている我我は慄然というか、鬼気せまる迫力にシーンとなってしまった。 — 五社英雄「演出家の眼」 切腹場面を撮り終えた五社監督が救急箱を持って、「三島さん、この迫力はどんな役者がやってもできない」と三島の腹を治療しながら言った時、三島はまだ興奮冷めやらぬ面持ちであった。そして三島は落ち着くと、「やあ、映画てものはいいね。俺はこんなにいい、面白い、楽しい仕事をしたのは初めてだよ。いくら腹を切っても死なねえもんな。すぐ生き返る。映画はいいなァ」といつもの豪傑笑いをしたという。
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