三上卓とは? わかりやすく解説

三上卓

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/06 23:58 UTC 版)

三上 卓
みかみ たく
生誕 1905年3月22日
日本佐賀県佐賀郡本庄村
死没 1971年10月25日(66歳没)
日本静岡県伊豆市
所属組織 日本海軍
軍歴 1926年 - 1933年
最終階級 海軍中尉
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三上 卓(みかみ たく/たかし、1905年明治38年〉3月22日 - 1971年昭和46年〉10月25日)は、日本海軍軍人政治活動家国家主義者[1]。最終階級は海軍中尉。号は大夢

佐賀県出身。第二次世界大戦以前の五・一五事件、および戦後の三無事件の双方に参加した人物として知られる。『青年日本の歌』(昭和維新の歌)の作詞者。著名な弟子に野村秋介がいる。

生涯

三上卓、1953年撮影

佐賀県佐賀郡本庄村(現・佐賀市本庄町)出身。父は北鮮日日新聞社長の三上新。佐賀中学校(現・佐賀県立佐賀西高等学校)を経て、1926年(大正15年)3月、海軍兵学校卒業(54期)。同期に山階宮萩麿王(鹿島萩麿)、福村利明中村省三富永謙吾中島親孝中山定義など。

その後藤井斉を中心とした昭和維新を目指す海軍将校の集まり・王師会に参加、1930年(昭和5年)に『青年日本の歌』(昭和維新の歌)を作詞している。1932年(昭和7年)4月に重巡洋艦妙高」乗組。

1932年5月の五・一五事件では犬養毅首相殺害の一人として参加。翌1933年(昭和8年)に海軍横須賀鎮守府軍法会議において反乱罪死刑を求刑されるが、同罪で禁錮15年の判決を受け小菅刑務所に服役。これにより従七位を失位[2]大礼記念章(昭和)を褫奪され[3]、1938年(昭和13年)7月4日紀元節憲法発布50年祝典の恩赦による減刑を重ねて4年9か月で仮出所[4]。直後に海軍省山本五十六次官に面会した。

その後は1939年(昭和14年)に同郷だった宇都宮三千雄陸軍大佐の娘わかと結婚し、1940年(昭和15年)8月に平凡社より「高山彦九郎」を発表。皇道翼賛青年連盟を経て[5]、1941年(昭和16年)3月にかつての五・一五事件の同志だった井上日召四元義隆菱沼五郎らと「ひもろぎ塾」を設立。近衛文麿のブレーンの一人となり、1943年(昭和18年)には大政翼賛会の傘下団体である大日本翼賛壮年団の理事に就任。

戦後は公職追放を受け、1953年(昭和28年)4月の第3回参院選全国区(無所属)から立候補したが落選[6]。一方で1949年(昭和24年)8月に海烈号事件(香港との密貿易)の首謀者として摘発され、翌1950年(昭和25年)に懲役5年の判決を受け服役。1961年(昭和36年)に起きた三無事件では共同謀議に関わった疑いで逮捕されるが、起訴猶予で釈放された。1971年(昭和46年)10月に滞在先の伊豆で死去、66歳没。

親族

参考文献

  • 花房東洋 編『「青年日本の歌」と三上卓――民族再生の雄叫び』島津書房、2006年。 
  • 江面弘也『「青年日本の歌」をうたう者――五・一五事件、三上卓海軍中尉の生涯』中央公論新社、2012年。 
  • 小山俊樹『五・一五事件――海軍青年将校たちの「昭和維新」』中央公論新社〈中公新書〉、2020年。 
  • 『国政選挙総覧:1947-2016』日外アソシエーツ、2017年。 

脚注

  1. ^ 三上 卓 ミカミ タク 20世紀日本人名事典
  2. ^ 官報 1934年1月26日 六二二頁
  3. ^ 官報 1934年1月31日 七四七頁
  4. ^ 古賀、三上、黒岩が最後に出所『東京朝日新聞』(昭和13年7月6日)『昭和ニュース辞典第6巻 昭和12年-昭和13年』p133 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年
  5. ^ 三上卓』 - コトバンク
  6. ^ 『国政選挙総覧 1947-2016』544頁。




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