メタファーの例
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/14 05:10 UTC 版)
冒頭に挙げた「人生はドラマだ」はもっとも初歩的なメタファーである。「…は…だ」という形で比喩だということがある。 次のようなものもメタファーである。 人生は旅だ。私と一緒に旅をしてみないか? この例などは、ひとつめの文に加えて、ふたつめの文「私と一緒に旅をしてみないか?」もメタファーであるが、ひとつめの文がメタファーだと分かるため、ふたつめも引き続きメタファーだとわかる。 次の会話の例にもメタファーが含まれている。 A 「どうしたのですか?」 B 「それが・・・、最近、いくら努力してもうまく行きません。つらいことばかりなのです。」 A 「そうですか・・・。一緒にがんばりましょう。闇が深ければ、夜明けは近いのですよ。」 この会話では「闇が深ければ、夜明けは近い」がメタファーである。 (人によっては)メタファーだと気づきにくいタイプのメタファーもある。例えば次のような例である。 わらべは見たり、野中のばら (男の子は見つけた、野に咲く薔薇を) — ゲーテの詩『野ばら』 私の庭にスミレが咲いた。 上記2例のようなメタファーは、恋をする男性の心に生まれることがあるものである。 さらに気づきにくい例を挙げる。例えば次のような一文が芸術的な小説の中に配置されていれば、それは単なる情景描写というよりもメタファーの可能性が高い。 その時彼がふと窓の外を見ると、一羽の鷹が、強風にも流されず、空中に静止していた。 メタファーは人間が根本的に持つ世界の認知、世界の見え方に深く関わっており、聞き手の心の状況に合ったメタファーは強く心を打ち、大きな影響力を持つ。
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