ムハンマドに遡る結婚規定について
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「ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフ」の記事における「ムハンマドに遡る結婚規定について」の解説
イスラーム法の法源であるクルアーン、およびハディースでは結婚に関する規定やムハンマドに由来する逸話がいくつか存在する。クルアーンによれば、男性には娶って良い女性と娶ってはならない女性があることが述べられている。 「汝らに娶ってはならぬ相手として、自分の母、娘、姉妹、父方のおばと母方のおば、兄弟の娘と姉妹の娘(ともに姪)、授乳した乳母、同乳の姉妹、妻の母、汝らが肉体的交渉をもった妻が以前に生んで連れて来た養女(継娘)、今汝らが後見している者、未だ肉体的交渉をしていないならばその連れ子を妻にしても罪はない。および汝らが生んだ息子の妻、また同時に二人の姉妹を娶ること(も禁じられる)。過ぎ去った昔のことは問わないが。アッラーフは寛容にして慈悲深くあられる。」(クルアーン第4章23節) ハディースが伝えるところによると、ムハンマドの妻のひとりでアブー・スフヤーンの娘ウンム・ハビーバからの伝承として、彼女が自分の妹もムハンマドの妻として迎えて欲しいと願い出たが、妻の姉妹とは結婚出来ないので「私には許されない」と答えて断った。そこで彼女は、アブー・サラマの娘ドッラをムハンマドが妻として欲しているという噂を聞いたので、ドッラとも結婚してはどうかと尋ねたが、ムハンマドはアブー・サラマとは彼の母スワイバの乳でともに育った自分の乳兄弟であり、その娘を娶る事は乳兄弟の娘を娶る事になり、これも自分には許されないと反論して断り、「ともかく、あなた方の娘や姉妹たちを私に勧めてはいけない」と諭したという。同様の例が他にもあり、ムハンマドの叔父ハムザ・ブン・アブド・アル=ムッタリブの娘と結婚しないのかと人から尋ねられた時、ムハンマドは「彼女は私の乳兄弟の娘だから」と言ってこれを否定している。 また、本人の許諾無しに強制的に女性が親族たちよって結婚させられることは無効とされた伝承もある。例えばハンサーウ・ビント・ヒザームという女性は離婚したものの彼女の父親によって無理矢理再婚させられ、これをムハンマドに訴え出た時、ムハンマドはこの結婚を無効としたという(ただし、実際に歴史上でこれらの子女が望まない結婚を強制された場合、どれだけ無効と出来たかは裁判記録などの精査を要する)。
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