ポーランドへ亡命
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/03 07:11 UTC 版)
「クリスツィナ・ツィマノウスカヤ」の記事における「ポーランドへ亡命」の解説
8月2日午後5時、ツィマノウスカヤは警察の車両で駐日ポーランド大使館に到着。同国への亡命を申請し、人道的ビザを発給された。夫で、陸上競技選手のアルセニ・ジュダネビッチは同日、ウクライナに入国した。滞在先のキエフでメディアの取材に「こんな深刻な事態になるとは思ってもいなかったが、国を去ることに迷いはなかった」と答えた。同日、EUは、ベラルーシが選手を強制帰国させようとしたことは、ルカシェンコによる「容赦ない抑圧」の実態を新たに示すものと非難した。ウクライナでは8月3日、亡命者支援団体「ウクライナ内のベラルーシの家(BHU)」の代表、ヴィタリー・シショフ(英語版)がキエフの自宅近くの公園で首を吊られた状態で死亡しているのが発見された。警察は自殺を装った殺人の可能性があるとして調査を開始した。 8月4日、ツィマノウスカヤは駐日ポーランド大使館を出て、午前8時30分頃、成田空港に到着した。当初はポーランドのワルシャワへの直行便へ搭乗する予定だったが、直前にオーストリアのウィーン行きへ変更。搭乗機は午前11時15分過ぎに離陸した。現地時間の8月4日夜、ポーランドに到着。8月5日、ワルシャワで記者会見し、今後も競技を続ける考えを表明した。会見には、ルカシェンコ政権と対立し、ポーランドで反政権活動を続けるベラルーシのラトゥシコ元文科相が同席した。同日、ポーランドで夫のジュダネビッチと再会した。 8月5日、ツィマノウスカヤを強制帰国させようとしていたベラルーシ代表チームのヘッドコーチと役員の2人が選手村から追放処分を受けた。
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