ボブ・マーリーとの出逢い
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同年4月、ボブ・マーリーが来日して東京と大阪で「奇跡の来日公演」を行った。その日、高杉弾と隅田川乱一は東京厚生年金会館で行われたボブの公演を観に行っており、ライブ終了後に二手に分かれて舞台裏の楽屋に回った。しかし、乱一はステージ前の鉄柵を乗り越える際に警備員に見つかって押し問答になった末に落下して骨折し、そのまま病院に運ばれてしまう(その後、乱一は入院先の春山記念病院に見舞いにやって来た工作舎の翻訳家・村田惠子と運命的な出会いを果たして結婚する)。一方、高杉は乱一が病院送りになったことを知らないまま鉄柵を乗り越えて楽屋に潜り込み、ついにボブと運命的な邂逅を果たした。 高杉はボブとの出逢いについて次のように回想している。 二十五歳のときに、町で拾った自販機のエロ本がきっかけで『Jam』とか『HEAVEN』といった月刊誌をズブの素人の状態で作ることになり、やがてボブ・マーリーというジャマイカのミュージシャンに出会うことになった。場所は新宿厚生年金会館。一緒にコンサートを観に行った友人は会場の警備員に押されて足を骨折し、ぼくはバックステージでボブに会っていた。その日、ぼくはボブとは何の約束もないただの観客だったが、レゲエという音楽にかつてない霊的な共鳴感を感じていたぼくは、目の前で歌っている彼の姿に引き寄せられるようにしてバックステージに向かっていた。たぶん、ほんの五分か十分ぐらいの出来事だったと思う。勝手に楽屋へ入り込み、自分が作っている雑誌のこと、彼の曲の歌詞について、あと何を喋っただろう…。下手な英語をまくしたてるぼくに、彼は「お前は日本の本当の兄弟のように感じている」と言い、ぼくが渡したせんべいのお礼に、両手一杯のガンジャをくれた。 で、ここに山盛りされたら動けないでしょ。MCやってたやつが横にいたから、「悪いんだけど、そのカバンあけてくれる?」って頼んで、そこにザザーッと入れるしかなかった。あれで頭飛んだね。その翌年にはジャマイカのキングストンにいましたよ。おれがキングストンに行ったときは、ボブはフロリダの病院に入院する直前だった。それから半年もしないうちに死んじゃった。 なお、この時の体験について高杉は「後になって重要な啓示だったことに気づかされた」と述懐している。
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