ブラバム・BT26とは? わかりやすく解説

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ブラバム・BT26

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/30 22:20 UTC 版)

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ブラバム・BT26
ブラバム・BT26A
カテゴリー F1 / タスマンシリーズ
コンストラクター モーターレーシング・ディベロップメント
デザイナー ロン・トーラナック
先代 ブラバム・BT24
後継 ブラバム・BT33
主要諸元[1]
シャシー セミ-モノコック
サスペンション(前) ダブルウィッシュボーン, コイルスプリング オーバーダンパー, アンチロールバー
サスペンション(後) ダブルウィッシュボーン, ツインラジアスアーム, コイルスプリング オーバーダンパー, アンチロールバー
エンジン
コスワース:2,995 cc (182.8 cu in)
レプコ:2,995 cc (182.8 cu in) 90° V8, NA, ミッドエンジン, 縦置き
トランスミッション ヒューランド DG 300 5速 MT, ZF ディファレンシャル
重量 520 kg
燃料 ガルフ
BP
タイヤ グッドイヤー, ダンロップ
主要成績
チーム ブラバム・レーシング・オーガニゼーション
モーターレーシング・ディベロップメント
ドライバー ジャック・ブラバム
ダン・ガーニー
ヨッヘン・リント
コンストラクターズタイトル 8
初戦 1968年スペイングランプリ
出走 優勝 ポール Fラップ
12 0 2 0
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レプコ・ブラバム・BT26 (Repco Brabham BT26) は、ブラバムが開発したフォーミュラ1カー。前作のBT24ではレプコエンジンは信頼性に欠ける物であったが、コスワースDFVに切り替えた後は2勝を挙げ、1969年シーズンのコンストラクターズランキング2位となった。

コンセプト

ロン・トーラナックによって設計されたBT26は、彼のスペースフレーム構造をもったF1カーの最終作であり、そのような構造を持った最後のF1カーの1台であった。燃料タンクに関するレギュレーションの変更で、スペースフレーム構造は禁止された。トーラナックはスペースフレームとアルミニウムパネルを組み合わせてセミモノコックを作り、スペースフレームチューブのサイズを小さくしてシャシーを軽量化することができた。

BT24とBT26のその他の主な違いは、より強力なレプコ・860シリーズエンジンであったが、信頼性も低くなった。1968年シーズンに何度もリタイアに苦しめられたヨッヘン・リントは翌年チーム・ロータスに移籍した。1969年、レプコエンジンはコスワースDFVに置き換えられた。この改良型はBT26Aと命名された。

レース戦績

1968年シーズンの完走はリントとブラバムのそれぞれ1つのみであった。1969年には改善が見られ、新加入のジャッキー・イクスは2勝を挙げランキング2位となった。ブラバム・フォードはフランク・ウィリアムズ・レーシングカーズピアス・カレッジの助けも得てコンストラクターズランキング2位となった。

ブラバムは1970年に新型のBT33に切り替えたことで、BT26Aはプライベーターに放出された。その中でピーター・デ・クラークが南アフリカGPで最高位を記録した。1971年、BT26Aの最後のレースとなった南アフリカGPでジャッキー・プレトリウスは22周目にエンジントラブルでリタイアした。

ノンタイトル戦ではブラバムが1969年BRDCインターナショナルトロフィーで優勝し、イクスは1969年オウルトン・パークインターナショナルゴールドカップで優勝した。デクラークとプレトリアスは1970年と1971年に南アフリカのノンタイトル戦で3勝を挙げた。

1970年にデレック・ベルはDFVの2.5リッターバージョンであるコスワースDFWを搭載したBT26Aを使用してタスマンシリーズに参戦した。最高位はニュージーランドGPでの2位だったが、エンジントラブルのためシリーズ後半のオーストラリアでのレースはキャンセルを余儀なくされた。

F1における全成績

(key) (斜体ファステストラップ

チーム エンジン タイヤ ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 ポイント1 順位1
1968年 ブラバム・レーシング・オーガニゼーション レプコ・860 3.0 V8 G RSA
ESP
MON
BEL
NED
FRA
GBR
GER
ITA
CAN
USA
MEX
102 8位
ジャック・ブラバム DNS Ret Ret Ret Ret Ret 5 Ret Ret Ret Ret
ヨッヘン・リント Ret Ret Ret Ret 3 Ret Ret Ret Ret
ダン・ガーニー Ret
1969年 ブラバム・レーシング・オーガニゼーション コスワースDFV G RSA
ESP
MON
NED
FRA
GBR
GER
ITA
CAN
USA
MEX
49 (51) 2位
ジャック・ブラバム Ret Ret Ret 6 Ret 2 4 3
ジャッキー・イクス Ret 6 Ret 5 3 2 1 10 1 Ret 2
フランク・ウィリアムズ・レーシングカーズ D ピアス・カレッジ Ret 2 Ret Ret 5 Ret 5 Ret 2 10
1970年 チーム・ガンストン コスワースDFV G RSA
ESP
MON
BEL
NED
FRA
GBR
GER
AUT
ITA
CAN
USA
MEX
353 4位
ピーター・デ・クラーク 11
トム・ホイートクロフト・レーシング デレック・ベル Ret
ガス・ハッチソン ガス・ハッチソン Ret
1971年 チーム・ガンストン コスワースDFV G RSA
ESP
MON
NED
FRA
GBR
GER
AUT
ITA
CAN
USA
53 9位
ジャッキー・プレトリウス 11

1 各戦とも完走者上位6名に 9-6-4-3-2-1 ポイントが与えられたが、各チームの上位の車のみに与えられた。1968年は前半6戦の内ベスト5戦と後半6戦の内ベスト5戦、1969年と71年は前半6戦の内ベスト5戦と後半5戦の内ベスト4戦、1970年は前半7戦の内ベスト6戦と後半6戦の内ベスト5戦が有効ポイントとして計算された。
2 1968年はBT26の獲得ポイントは4ポイントのみであった。残りの6ポイントはBT20とBT24を使用して獲得された。
3 すべてのポイントはBT33を使用して1970年と1971年に獲得された。

参照

外部リンク




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