フィクションにおけるSFファンダム描写
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/30 15:25 UTC 版)
「SFファンダム」の記事における「フィクションにおけるSFファンダム描写」の解説
SFファンがプロの作家になると、ファンダム内の友人の名前を物語に滑り込ませることがある。ウィルスン・タッカーは友人の名を作品に多数使ったことで知られ、そのような行為をタッカリゼーション(tuckerization)と呼ぶようになった。 ロバート・ブロックの1956年の短編「人間の道」では、SFファンダムだけが核戦争のホロコーストを生き残り、文明復興の基礎となる。K・M・オドネル(バリイ・N・マルツバーグのペンネーム)の Gather in the Hall of the Planets (1971) は、ニューヨークのSF大会を舞台とし、多くのSFファンや作家のパロディを繰り広げている。ラリー・ニーヴンとジェリー・パーネルとマイクル・フリンの『天使墜落』はSFファンダムへの賛辞となっている。氷河期が訪れ科学やSFが軽視されている時代、半ば非合法なワールドコンがミネアポリスで開催される。ロサンゼルス近辺の実在のファンが多数登場している。シャーリン・マクラムの『暗黒太陽の浮気娘』(1987) は、SF大会で殺人事件が発生するという設定であり、ファンの気質が誇張されユーモアたっぷりに描かれている。 A・E・ヴァン・ヴォークトの長編『スラン』(1940) は普通の人類から迫害される超人的能力を持つミュータントの話である。ファンダムとは無関係な物語だが、多くのSFファンは主人公に感情移入し、ミュータントたちとSFファンを同一視した。そのため、「ファンはスランだ!」というスローガンが生まれ、SFファンの住む建物を "slan shack"(スラン小屋)と呼ぶようになった。
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