ビール純粋令以前
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/09 18:51 UTC 版)
1516年にビール純粋令が制定される前の歴史については次のとおりである。 ビール純粋令公布前のバイエルンでは、原料コストを削減したことによる味の劣化を補うことや、高いアルコール度数で味をごまかすために、人体に悪影響を与える原料も平気で使っていた。その対策として、各地で醸造指令が出されていた。 各地の醸造指令は時と共に都市周辺も適用範囲となり、バイエルン公国全土を対象とした1516年のビール純粋令につながっていった。 1165年、アウクスブルクでは低品質のビールを醸造した醸造所には罰金が課せられていた。 1300年頃のニュルンベルク市では、ビールを大麦以外の穀物で醸造してはならないという条例があった。 1486年、ランツフートの市議会は、松の皮や実などの人体に有害なものを原料としてビールを醸造してはならないという醸造指令を出した。 1487年には、アルブレヒト4世はミュンヘンの醸造業者に対して、ビールの原料は大麦、ホップ、水だけを使い、別のものを混ぜてはいけないと命じている。また、この醸造指令ではビールの統一価格も決められている。
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