ナチスからの関心
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/23 18:40 UTC 版)
「絵画芸術 (フェルメールの絵画)」の記事における「ナチスからの関心」の解説
1938年にナチス・ドイツがオーストリアに侵攻し、元帥ヘルマン・ゲーリングらナチスの高官たちがオーストリアに所蔵されていた絵画作品の買収を開始した。当時『絵画芸術』を所有していたのは伯爵ヤロミール・チェルニンだったが、1940年11月20日にアドルフ・ヒトラーが代理人ハンス・ポッセ(英語版)を通じて、165万帝国マルクで自身の私的コレクションに買い取った。その後、第二次世界大戦の終わりごろには、連合国からの爆撃を避けるために他の美術品ともども岩塩坑に隠されていたが、1945年になって連合国が発見、押収した。そして、ナチスが接収していた諸国の美術品返還を担当する組織 MFA&A(英語版) の責任者だったアンドリュー・リッチーが、ミュンヘンからウィーンへと『絵画芸術』を列車で移送した。このときリッチーは『絵画芸術』と自らの身体とを鎖で繋いで輸送したと伝えられている。 もともとの所有者だったチェルニン家は、『絵画芸術』をナチスからの強制ではなく自発的に売却したと見なされたため、1946年にアメリカ軍は『絵画芸術』をチェルニン家ではなくオーストリア政府へと返還した。これ以来、『絵画芸術』はオーストリアの国家所有財産となっており、ウィーンの美術史美術館に所蔵されている。
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