ジュデッカ島とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > デジタル大辞泉 > ジュデッカ島の意味・解説 

ジュデッカ‐とう〔‐タウ〕【ジュデッカ島】


ジュデッカ

(ジュデッカ島 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/18 22:10 UTC 版)

ジュデッカ (Giudecca) は、イタリア北東部ヴェネツィアの潟にある島の一つである。行政的にはヴェネツィアの一部となっていて、ジュデッカ運河 (Canale della Giudecca) を隔ててヴェネツィア本島に添うように浮かぶ。




「ジュデッカ」の続きの解説一覧

ジュデッカ島

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/12/05 14:27 UTC 版)

ヴェネツィア・ゲットー」の記事における「ジュデッカ島」の解説

ヴェネツィア共和国10世紀頃から通商拠点となり、第4回十字軍コンスタンチノープル攻略した13世紀以降には地中海において覇権握った国である。 通商拠点であるヴェネツィアには、神聖ローマ帝国ドイツ)のユダヤ人徐々に移り住むようになった。彼らはヴェネツィア船が東方から運んできた品を買い取り中西欧仲介していた。 11世紀末にイタリア半島ユダヤ人共同体巡ったスペイン・ユダヤ人ベニヤニイモ・ダ・トゥーデラの旅行記にはまだヴェネツィア注目されていないことから、ユダヤ人ヴェネツィアへの本格的な進出それ以降の事に属すると思われる13世紀ヴェネツィア政府は、ユダヤ人に対してヴェネツィア潟の島の一つスピナルンガ島(Spinalunga、後にユダヤ人居住区意味するジュデッカ島という名になった)に住む事を強制した本土ヴェネツィア共和国大陸領土)のメストレに住む事を強制した時期もある。更にユダヤ人黄色バッジ帽子を被る事を義務付けたりもしている。 しかしヴェネツィアユダヤ人栄えた。彼らはユダヤ人特別税を払う事でヴェネツィア財政大きく貢献している。

※この「ジュデッカ島」の解説は、「ヴェネツィア・ゲットー」の解説の一部です。
「ジュデッカ島」を含む「ヴェネツィア・ゲットー」の記事については、「ヴェネツィア・ゲットー」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「ジュデッカ島」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ジュデッカ島」の関連用語

ジュデッカ島のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ジュデッカ島のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
デジタル大辞泉デジタル大辞泉
(C)Shogakukan Inc.
株式会社 小学館
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのジュデッカ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaのヴェネツィア・ゲットー (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS