ジャン・ドット
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/21 02:37 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動ジャン・ドット(Jean Dotto、1928年3月27日 - 2000年2月20日)は、フランス、サン=ナゼール出身の元自転車競技(ロードレース)選手。
来歴
本名は、ジャン=バプティスト・ドット(Jean-Baptiste Dotto)。フランス生まれのイタリア国籍者だったが、1937年にフランスに国籍を移した。
プロ年代は1948年から1963年まで。5年ぶりに再開された1955年のブエルタ・ア・エスパーニャ総合優勝者。ドーフィネ・リベレでも2回総合優勝を果たしたクライマー。
1998年に、アンフェタミンの使用歴があることを告白した[1]。
主な戦績
- 1952
- ドーフィネ・リベレ 総合優勝
- ツール・ド・フランス 総合8位
- 1954
- ツール・ド・フランス 総合4位、区間1勝=第19
- 1955
-
ブエルタ・ア・エスパーニャ 総合優勝
- ジロ・デ・イタリア 区間1勝=第19
- 1957
- ツール・ド・フランス 総合10位
- 1960
- ドーフィネ・リベレ 総合優勝
- 1961
- ツール・ド・フランス 総合8位
脚注
- ^ cyclisme-dopage.com (フランス語)
外部リンク
- ジャン・ドット - サイクリングアーカイヴス(英語)
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