コース選定・当日までの状況
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/02 01:15 UTC 版)
「2008年北京オリンピックの聖火リレー」の記事における「コース選定・当日までの状況」の解説
長野市は長野オリンピックの開催地だった(1998年2月7日 - 2月22日)。 2008年4月20日朝、本堂に落書きがあったとして警備担当の僧侶が長野県警へ 通報を行った。善光寺の本堂は1707年に再建された国宝であり、通報した善光寺によれば白いスプレーのようなものでの落書きによる破壊行為は本堂回廊の北側に5ヶ所、西側に2ヶ所あった。新たなスタート地点は長野市の聖火リレー実行委員会によって変更され、県の勤労者福祉センター跡地となった。 また、聖火リレー実行委員会が聖火を南長野運動公園へと移動させる計画についてはチベットでの中国政府の弾圧に対して抗議活動を行うデモ参加者に配慮して中止となった。 2008年4月24日、ウィキペディア日本語版の長野駅のページと北京オリンピックのページに聖火リレー当日の長野駅への爆破予告が書き込まれ、インターネット上のニュース や同年4月25日の読売新聞の夕刊にて報道された。 中国側は当初、各国において聖火を護衛した人民武装警察所属と見られる”青い服の集団”を日本にも同行させる意向を示していたものの、日本政府側は「国家主権」と「法治国家」を名目に拒否する意向を表明し、最終的に少人数の護衛のみを同伴させることに合意した。
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