カンヘル竜とは? わかりやすく解説

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カンヘル

(カンヘル竜 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/22 16:22 UTC 版)

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カンヘル[1] (Canhel[2], Cangel[2]) またはカンヘル竜[2](カンヘルりゅう)は、メソアメリカの神話伝承にみられるである[1]

『チラム・バラムの予言』でのカンヘル

カンヘルは、マヤ族の最高神官であったチラム・バラム[注釈 1]が語った予言を記録した文書『チラム・バラムの予言[注釈 2]に登場する。

マヤ神話を伝える『チラム・バラムの予言』でのカンヘルの名称は、まず天地創造の伝説[8][9]に現れる。天界の神々[10]である〈13の神〉オシュラフン・ティク[11]が、冥界の神々(ボロン・ティクスペイン語版[12]である〈9の神〉に捕らえられて暴力的な仕打ちを受けた上に「カンヘル(竜)の標章」を奪われたと語られている[13][9][注釈 3][注釈 4]。ここでのカンヘルについて、研究者のロイズは、神や神官が保有する、の頭をした竜を形取った権棒であろうと考えている[1][注釈 5]

『チラム・バラムの予言』の別の箇所[17]では、カンヘルは、を創造した際に出現した風の竜だとされている[2][18][注釈 6]。彼らは「赤いパワトゥン」「白いパワトゥン」「黒いパワトゥン」「黄色いパワトゥン」と呼ばれた[20][注釈 7]。神が姿を見せた時には、カンヘル竜の権棒を携えたほかに、これら4頭のカンヘル竜を伴っていたとされる[20]

カンヘル竜の中にセルピヌス (Cerpinus [22]) と呼ばれるカンヘルがおり、まだ天地が存在しなかった頃にはその掌の上で天使[注釈 8]らへの洗礼を行ったとされる[20]

苑崎透によるカンヘル

苑崎透[注釈 9]によれば、カンヘルは、16世紀アステカ王国を征服したスペイン人が現地にキリスト教を布教する際に、キリスト教を人々に受け入れやすくするために古来の信仰とキリスト教を融合させて作り出した伝説に登場する竜だという[26]。カンヘルとは本来は、アステカにおいて権威を象徴する、蛇または竜の頭部が着けられた杖のことであるという。この杖は王や神官といった立場の者しか保有できなかった。スペイン人聖職者たちは、キリスト教における精霊である天使を「カンヘル竜」と呼ぶことで、アステカの人々がキリスト教の神の偉大さを理解し易くなり改宗に踏み切り易くなると考えたという[26]

以下は苑崎が著書で紹介している2つの伝説である。

  • かつて世界は虚空のようであり、エホヴァイエス、そして4頭のカンヘル竜だけがいた。エホヴァは、赤、白、黄、黒と異なった色をしていたカンヘル竜たちそれぞれに、西、東、南、北の果てに住むように命じた[注釈 10]。竜たちは各々が指示された方向に飛んでゆき、こうして方位が定められた[26][注釈 11]
  • 世界がまだ無かった時、エホヴァはまずカンヘル竜のセルピヌスを創造した。このセルピヌスが他のカンヘル竜たちに洗礼を施し、その後これらのカンヘル竜たちが言葉によって世界を生み出した[30]

脚注

[脚注の使い方]

注釈

メキシコ、国立人類学博物館にある「イシルの『チラム・バラムの書』」の複製品。
カトリック教会によるマヤ文書スペイン語版の焚書」。ディエゴ・リベラによる壁画。
天を支えるバカブ達。
  1. ^ チラム・バラムは、1500年から1520年にかけてマニ英語版に居住していた予言者である[3]。「バラム」はジャガーを意味する、ユカタン半島では普通に見られる名であり[3][4]、「チラム」はマヤにおいて神の予言を受ける最高神官を指す語である[4]
  2. ^ 『チラム・バラムの書』には、保管されていた町の名前を冠した10の文書がある[5][4]。ル・クレジオによれば、まず、「ティシミン英語版の書」、「イシルの書」、「カワスペイン語版の書」、「カルキンの書」、「トゥシクの書」、「オシュ・クツカブの書」、「ナの書」、「テアボ英語版の書」、「テカシュ英語版の書」[5]については、スペイン人司教のディエゴ・デ・ランダがマニの町の広場において古来の神聖な書物の焚書を行なった後[6]、マヤの神官達が書物を再現しようとし、筆生達にスペイン人の考案したアルファベット綴りを用いて書かせたものであり[5]、残る1冊は、スペイン人のピオ・ペレススペイン語版が19世紀に「マニの書」「イシルの書」「カワの書」から編集した「ペレス・コデックススペイン語版」である[5]。ほか、「チュマイェルスペイン語版の書」がある[5]が、1782年にドン・ファン・ホセフ・オイル (Don Juan Josef Hoil) が編集した後に紛失された[7]。なお土方は、「チュマィエルの『チラム・バラムの書』」も含めて10冊があると説明している[4]
  3. ^ 杓谷の説明では、神のオシュラフン・ティ・クが神のボロン・ティ・クに捕らえられてしるしを奪われている[14]
  4. ^ タウベの説明では、天の神のオシュラフンティクーが地下界の神のボロンティクー宝器または標章を奪われている[15]
  5. ^ マヤにおいて支配者や神官が保有する儀式棒は、棒の両端は口を開けたヘビの意匠となっている[16]
  6. ^ これらのカンヘルについて説明される箇所の前には、竜の大王を意味するアウカンヘルが風の名前の1つとして挙げられている[19]
  7. ^ パワトゥンまたはパウアトゥン[21] (Pauahtun [22]) とは、東西南北にあって天を支えた神々の名でもあり、同様の役割を担う神にはバカブがいる[23]メソアメリカでは、東西南北にいる神が世界を支えていると信じられており、図像には4人揃って、あるいは1人だけで表現されることも、コパンの遺跡の彫刻に見られるように2人が向き合う姿で表現されることもある[21]。さらに、ル・クレジオによれば、パワトゥンは精霊と関連づけられて現代でもミルペラ(トウモロコシ)のミサでその名が挙がるという[23]。また、マヤの人々がそれぞれの色に持たせていた意味に適合するようにキリスト教の聖人を選び、その名で精霊を呼んでいるという。すなわち、赤=東のものは聖ドミニック(聖ドミニコ)に、白=北のものは聖ガブリエルに、黒=西のものは聖ジャック(聖ジェームズ)に[23]、そして黄色=南のものが、豊かさを象徴するマグダラのマリアに充てられている[24]
  8. ^ 天使を意味するマヤ語の言葉がカンヘルである[18]
  9. ^ 苑崎透、1965年-[25]
  10. ^ 征服された後のメキシコ中央部では、基本となる4つの色が決められていたことは確実であるが、色の組み合わせが異なる記録は少なからずあり、色と方位が関連づけられていたとする記録も少ない[27]古典期のマヤでは、赤が東、白が北、黄が南、黒が西とされていた[28]
  11. ^ アステカやマヤなどのメソアメリカ一帯では、ヘビはと関連づけられ、同じ音の言葉(カーン (caan) またはチャン (chan))で表されるが、この言葉は数字の4をも指している。またメソアメリカでは、神々はしばしば4体が一組として扱われ、4体はそれぞれが異なる色と方位に関連づけられた[29]

出典

  1. ^ a b c 望月訳 (1981), p. 116.(「チラム・バラムの予言」訳注96)
  2. ^ a b c d 望月訳 (1981), p. 65.(チラム・バラムの予言 天使への祈り)
  3. ^ a b 望月訳 (1981), p. 242.(「太陽の神官の予言」原注2)
  4. ^ a b c d 土方 (2005), p. 112.(第5章 ユカタン・マヤ人の神話と予言の書『チラム・バラムの書』の世界)
  5. ^ a b c d e 望月訳 (1981), p. 19.(ル・クレジオ「マヤ族の宇宙と空間 - 序」)
  6. ^ 望月訳 (1981), pp. 18-19.(ル・クレジオ「マヤ族の宇宙と空間 - 序」)
  7. ^ 望月訳 (1981), pp. 31-32.(ル・クレジオ「マヤ族の宇宙と空間 - 序」原注23)
  8. ^ 望月訳 (1981), pp. 55-61.(チラム・バラムの予言 天地創造)
  9. ^ a b 土方 (2005), p. 116.(第5章 ユカタン・マヤ人の神話と予言の書『チラム・バラムの書』の世界)
  10. ^ 望月訳 (1981), p. 115.(「チラム・バラムの予言」訳注92)
  11. ^ 望月訳 (1981), p. 55.(チラム・バラムの予言 天地創造)
  12. ^ 望月訳 (1981), p. 115.(「チラム・バラムの予言」訳注94)
  13. ^ 望月訳 (1981), p. 56.(チラム・バラムの予言 天地創造)
  14. ^ 杓谷 (2005), p. 240.
  15. ^ タウベ (1996), pp. 124-125.
  16. ^ ミラー&タウベ (2000)、pp. 104-105.(儀式棒の項)。
  17. ^ 望月訳 (1981), pp. 62-68.(チラム・バラムの予言 天使への祈り)
  18. ^ a b 望月訳 (1981), p. 118.(「チラム・バラムの予言」訳注128)
  19. ^ 望月訳 (1981), p. 64.(チラム・バラムの予言 天使への祈り)
  20. ^ a b c 望月訳 (1981), p. 66.(チラム・バラムの予言 天使への祈り)
  21. ^ a b ミラー&タウベ (2000), pp. 253-254.(パウアトゥンの項)。
  22. ^ a b Roys Ralph L.. “XI THE RITUAL OF THE ANGELS”. THE BOOK OF CHILAM BALAM OF CHUMAYEL. 2015年7月5日閲覧。 で確認した綴り。
  23. ^ a b c 望月訳 (1981), p. 118.(「チラム・バラムの予言」原注137)
  24. ^ ニコルソン (1992), p. 44.
  25. ^ 苑崎, 透, 1963-”. 国立国会図書館典拠データ検索・提供サービス. 2015年8月22日閲覧。
  26. ^ a b c 苑崎 (1990), p. 164.
  27. ^ ミラー&タウベ (2000), p. 69.(色の項)。
  28. ^ ミラー&タウベ (2000), p. 285.(方位の項)。
  29. ^ ミラー&タウベ (2000), p. 282.(ヘビの項)。
  30. ^ 苑崎 (1990), p. 165.

参考文献

関連資料

関連項目

外部リンク




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