カジ・レンドゥプ・ドルジとは? わかりやすく解説

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カジ・レンドゥプ・ドルジ

(カジ・レンドゥップ・ドルジ から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/16 21:51 UTC 版)

カジ・レンドゥプ・ドルジ(Kazi Lhendup Dorjee または Kazi Lhendup Dorji、1904年10月11日[1] - 2007年7月28日)は、シッキム王国(後にインド)の僧侶・政治家。本名は「カジ・レンドゥプ・ドルジ・カンサルパ(Khangsarpa)」だが、「カジ・レンドゥプ・ドルジ」や「L. D. カジ」と呼ばれることが多い。第二次大戦後のシッキムで民主化運動に従事した政治家で、シッキム国民会議派(SNC)、シッキム会議派(SC)などで総裁を務めた。1974年シッキム立法議会英語版で勝利し、州首相に就任。翌年のシッキム王国の滅亡、インドへの編入において決定的な役割を果たした。主にネパール系を支持基盤とする政党の指導者だが、ドルジ自身はレプチャ・ブティヤ系出身である。


  1. ^ India Who's who, INFA Publications 2004, p. 247
  2. ^ J. R. Subba(2007), p.68.
  3. ^ 落合(1986)、211-214頁。
  4. ^ 落合(1986)、222-225頁。
  5. ^ 落合(1986)、253頁。
  6. ^ 落合(1986)、235頁、248-251頁。
  7. ^ 落合(1986)、264-265頁。
  8. ^ 落合(1986)、256-258頁。ちなみにこの時、SNP指導者ながらも民主主義制度導入に賛成していたネトック・ツェリン・ブティヤ提案の「民主連合構想」を、ドルジは拒否していた。
  9. ^ 落合(1986)、264-265頁。
  10. ^ 落合(1986)、265-267頁。
  11. ^ 落合(1986)、268-269頁。
  12. ^ 落合(1986)、269-272頁。
  13. ^ 落合(1986)、272頁、287頁。
  14. ^ 落合(1986)、301頁。
  15. ^ 落合(1986)、301-303頁。
  16. ^ 「シッキムの王制廃止、完全併合」『世界週報』1975年4月29日・5月6日合併号、12頁。
  17. ^ 落合(1986)、351頁による。『世界週報』同上は「9日」としている。
  18. ^ 『世界週報』同上。賛成59,637票、反対1,496票であった。
  19. ^ これら動向の詳細については、落合(1986)のXII、XIIIを参照。
  20. ^ インド選挙委員会ホームページ[1]
  21. ^ SIKKIM'S FIRST CHIEF MINISTER LENDUP DORJEE KHANGSHARPA IS NO MORE, The Sikkim Times – July 29, 2007
  22. ^ "Sikkim's first Chief Minister Kazi Lhendup Dorjee dies," The Times of India, July 30, 2007.


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