イサクの犠牲 (カラヴァッジョ)とは？わかりやすく解説

『イサクの犠牲』
	イタリア語: Sacrificio di Isacco; 英語: 　The Sacrifice of Isaac
作者	ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ
製作年	1603年ごろ
種類	キャンバス、油彩
寸法	104 cm × 135 cm (41 in × 53 in)
所蔵	ウフィツィ美術館、フィレンツェ

『イサクの犠牲』（イサクのぎせい、伊: Sacrificio di Isacco、英: The Sacrifice of Isaac）は、17世紀イタリア・バロック期の巨匠ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョが1603年ごろ、キャンバス上に油彩で制作した絵画である。『旧約聖書』中の「創世記」(17章-18章15,21-22節) にあるアブラハムの逸話「イサクの燔祭」を主題としている^[1]^[2]^[3]。後にウルバヌス8世 (ローマ教皇) となったマッフェオ・バルベリーニ枢機卿により委嘱された^[1]^[4]^[5]が、主題は間違いなく枢機卿から指示されたものである^[1]。1917年にジョン・フェアファックス・マーレイ (John Fairfax Murray) によりフィレンツェのウフィツィ美術館に寄贈され^[1]、以来、同美術館に所蔵されている^[1]^[2]^[3]^[5]^[6]^[7]。

主題

「創世記」によると、イスラエル人の偉大なる始祖アブラハムが99歳の時、神が現れ、翌年、彼と妻サラに息子が生まれると告げた^[3]。はたして、翌年アブラハムには息子が生まれ、彼は神の命に従い、イサクと名づけた。それから数年後、神はアブラハムに「イサクを犠牲として私に捧げよ」と命じた。アブラハムの悲しみと葛藤は想像を絶するものであったが、彼は神に従い、翌朝にはイサクを連れ、モリヤの山に向かう^[3]。

山頂に着いたアブラハムは祭壇を築き、薪を並べると愛する息子を縛り上げた^[3]。そして、アブラハムがイサクを殺そうと刀を振り上げた時、天使がやってきて、代わりに雄羊を犠牲にするよう告げ^[2]、彼を制した^[3]。神はアブラハムの信仰を試したのであり、その信仰の深さが十分に確認できたからである。神はアブラハムとイサクが繁栄することを言明し、祝福した^[3]

作品

数々の画家がこの主題を描いているが、本作ほど迫力と緊迫感に満ちている作品はないと評価する見方は多い^[3]。今まさに父アブラハムに殺されようとしているイサクは驚きと恐怖に叫びを上げ^[2]、助けを求めるかのように視線を鑑賞者のほうに向けている^[3]。本作では、「手のドラマ」によって物語が演出されている。イサクを押さえつけるアブラハムの手とナイフを持つ手、そのアブラハムの手を強く握って抑える天使の手と羊を指し示す手^[5]によって出来事が語られているのである^[2]。聖書にはイサクが父の行動に抵抗を示す記述は見られないが、カラヴァッジョはあえてそれを無視し、リアリズムを追求することで物語をより劇的に追及している^[3]。また、激しい動きの一瞬を切り取るストップモーションのような手法は、カラヴァッジョの得意とするものである^[3]。

カラヴァッジョ『聖マタイと天使』(1593-1594年)、サン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会、ローマ

この主題の絵画では、一般的に天使が空から下降する姿で描かれる^[3]。しかし、本作の天使はアブラハムの隣に同じ高さの目線で配され^[3]、人間のように表現されている (ただ背についた翼が天使であることを表している^[3])^[1]^[3]。アブラハムの姿は粗野な農民のようであり^[6]^[7]、『聖マタイと天使』 (サン・ルイージ・デイ・フランチェージ教会、ローマ) の聖マタイと顔も服装も似ている^[2]^[5]。また、イサクは『愛の勝利』 (ベルリン絵画館) のキューピッドなどと同じモデルであると思われる^[2]^[8]。近年、モデルの少年は、カラヴァッジョの助手のようなことをしていたフランチェスコ・ボネーリ (Francesco Boneri)、通称チェッコ・デル・カラヴァッジョ（英語版）であろうと考えられている。カラヴァッジョの唯一の弟子であったかもしれないこの少年は、後に優れたカラヴァッジョ風の画家となった^[8]。

背景には、ローマ周辺の田園地帯を彷彿とさせる^[3]広大な丘のある風景が広がり、家々が散在している^[1]。空の色と光の描写から判断すると、時刻は夕暮れ前 (または明け方^[3]) と思われる^[2]^[3]^[7]。カラヴァッジョにはまれな^[5]風景描写であるが、批評家たちはこの風景に彼がロンバルディアとヴェネトで積んだ修業の反映を見出している^[1]。実際、この景色はヴェネツィア的とも、ジローラモ・サヴォルド風ともいわれる^[2]。

かつて、この作品は象徴的な解釈の対象であった。それによれば、丘の上の建物は洗礼堂のある教会であり、将来のカトリック教会の誕生を示唆する。また、風景に拡散する光は神の恩寵を象徴する。かくして、若いイサクの犠牲は来たるイエス・キリストの犠牲を予兆する^[1]。

脚注

^ ^a ^b ^c ^d ^e ^f ^g ^h ⁱ “The Sacrifice of Isaac”. ウフィツィ美術館公式サイト (英語). 2025年1月14日閲覧。
^ ^a ^b ^c ^d ^e ^f ^g ^h ⁱ 石鍋、2018年、307-308頁
^ ^a ^b ^c ^d ^e ^f ^g ^h ⁱ ^j ^k ^l ^m ⁿ ^o ^p ^q ^r 大島力 2013年、42-43頁。
^ 石鍋、2018年、306頁
^ ^a ^b ^c ^d ^e “The Sacrifice of Isaac”. Web Gallery of Artサイト (英語). 2025年1月14日閲覧。
^ ^a ^b ルチアーノ・ベルティ、アンナ・マリーア・ペトリオーリ・トファニ、カテリーナ・カネヴァ　1994年、172頁。
^ ^a ^b ^c ルチャーノ・ベルティ、113頁。
^ ^a ^b 宮下、2007年、108-109頁。

参考文献

石鍋真澄『カラヴァッジョ　ほんとうはどんな画家だったのか』、平凡社、2022年刊行 ISBN 978-4-582-65211-6
大島力『名画で読み解く「聖書」』、世界文化社、2013年刊行 ISBN 978-4-418-13223-2
ルチアーノ・ベルティ、アンナ・マリーア・ペトリオーリ・トファニ、カテリーナ・カネヴァ『ウフィツィ美術館』、みすず書房、1994年刊行　ISBN 4-622-02709-7
ルチャーノ・ベルティ『ウフィツィ』、ベコッチ出版社　ISBN 88-8200-0230
宮下規久郎『カラヴァッジョへの旅　天才画家の光と闇』、角川選書、2007年刊行 ISBN 978-4-04-703416-7

外部リンク

[ReferenceGU-1] ^ ^a ^b ^c ^d ^e ^f ^g ^h ⁱ “The Sacrifice of Isaac”. ウフィツィ美術館公式サイト (英語). 2025年1月14日閲覧。

[IM-2] ^ ^a ^b ^c ^d ^e ^f ^g ^h ⁱ 石鍋、2018年、307-308頁

[OT-3] ^ ^a ^b ^c ^d ^e ^f ^g ^h ⁱ ^j ^k ^l ^m ⁿ ^o ^p ^q ^r 大島力 2013年、42-43頁。

[IM2-4] 石鍋、2018年、306頁

[WG-5] “The Sacrifice of Isaac”. Web Gallery of Artサイト (英語). 2025年1月14日閲覧。

[ReferenceB-6] ルチアーノ・ベルティ、アンナ・マリーア・ペトリオーリ・トファニ、カテリーナ・カネヴァ　1994年、172頁。

[ReferenceUF-7] ルチャーノ・ベルティ、113頁。

[MK-8] 宮下、2007年、108-109頁。

[1]

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[3]

[4]

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表話編歴ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ
1600年以前の作品	『病めるバッカス』（1593年頃）『果物籠を持つ少年』（1593年頃）『トランプ詐欺師』（1594年頃）『悔悛するマグダラのマリア』（1594年–1595年頃）『奏楽者たち』（1595年頃）『法悦の聖フランチェスコ』（1595年頃）『トカゲに噛まれた少年』（1594年–1596年頃）『リュート奏者』（1595-1596年）『バッカス』（1596年頃）『エジプト逃避途上の休息』（1597年頃）『ユピテル、ネプトゥヌスとプルート』（1597年頃）『女占い師』（1595年-1598年頃）『メドゥーサの首』（1597年-1598年頃）『マッフェオ・バルベリーニの肖像』（1598年頃）『アレクサンドリアの聖カタリナ』（1598年頃）『マルタとマグダラのマリア』（1598年頃）『ナルキッソス』（1597年-1599年頃）『ホロフェルネスの首を斬るユディト』（1598年-1599年頃）『ダヴィデとゴリアテ』（1599年頃）『果物籠』（1597-1600年頃）
1600年-1606年の作品	『聖マタイの殉教』（1599年-1600年）『聖マタイの召命』（1599年-1600年）『聖パウロの回心 (オデスカルキ・コレクション)』（1600年–1601年）『ゴリアテの首を持つダヴィデ (美術史美術館)』（1600-1601年頃）『聖ペテロの磔刑』（1601年）『聖パウロの回心 (チェラージ礼拝堂)』（1601年）『エマオの晩餐 (ロンドン)』（1601年）『愛の勝利』（1601年–1602年）『聖トマスの不信』（1601年–1602年）『洗礼者ヨハネ (カピトリーノ美術館)』（1602年）『聖マタイと天使』（1602年）『キリストの捕縛』（1602年頃）『イサクの犠牲』（1603年頃）『キリストの荊冠』（1601-1603年頃）『ロザリオの聖母』（1601年–1603年頃）『祈る聖フランチェスコ』（1602年-1604年頃）『キリストの埋葬』（1603年–1604年）『洗礼者ヨハネ (ネルソン・アトキンス美術館)』 (1604年) 『瞑想する聖ヒエロニムス』（1605年）『聖母の死』（1601年-1606年頃）『ロレートの聖母』（1603年-1606年頃）『洗礼者ヨハネ (コルシーニ絵画館)』（1604年-1606年）『聖アンナと聖母子』（1605年–1606年）『書斎の聖ヒエロニムス』（1605年–1606年頃）『エマオの晩餐（ミラノ）』（1606年）
1607年以降の作品	『柱につながれたキリスト』（1606-1607年）『キリストの鞭打ち』（1607年）『慈悲の七つの行い』（1607年）『聖アンデレの磔刑』（1607年）『アロフ・ド・ヴィニャクールと小姓の肖像』（1607年–1608年）『洗礼者聖ヨハネの斬首』（1608年）『眠るアモール』（1608年）『アントニオ・マルテッリの肖像』（1608年）『執筆する聖ヒエロニムス』（1608年）『聖ルチアの埋葬』（1608年）『受胎告知』（1608年頃）『エッケ・ホモ』（1605-1609年）『ラザロの復活』（1609年頃）『羊飼いの礼拝』（1609年）『瞑想する聖フランチェスコ』（1604-1610年）『洗礼者ヨハネの首を持つサロメ』（1607-1610年）『洗礼者ヨハネの首を受け取るサロメ』（1607-1610年）『ゴリアテの首を持つダヴィデ (ボルゲーゼ美術館)』（1609-1610年）『洗礼者ヨハネ (ボルゲーゼ美術館)』（1609-1610年）『聖ペテロの否認』（1610年）『聖ウルスラの殉教』（1610年）

イタリア語: Sacrificio di Isacco 英語: 　The Sacrifice of Isaac

作者	ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ
製作年	1603年ごろ
種類	キャンバス、油彩
寸法	104 cm × 135 cm (41 in × 53 in)
所蔵	ウフィツィ美術館、フィレンツェ

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