アメリカとの無制限互恵
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/04/12 07:09 UTC 版)
「ウィルフリッド・ローリエ」の記事における「アメリカとの無制限互恵」の解説
自由党が掲げた無制限互恵とは、アメリカ、カナダの両国はそれぞれの関税を撤廃するものの、政治上の併合は回避する、そのために、第三国には米加それぞれが独自の関税を維持するというものだった。1890年4月にアメリカ下院に上程されたマッキンリー関税法案による農業保護関税は、カナダからの大麦、小麦、トウモロコシの輸入阻止が目的であったため、農民層からの非難の声が強まり、自由党には渡りに舟となった。また、10年以上の不況下にあった世界経済が、時を同じくして回復し始め、イギリス資本が投下されたカナダは好景気となった。 一方で、当時のイギリス本国では、アングロサクソン優先主義を掲げ、「イギリス最強の帝国主義者」と呼ばれたジョゼフ・チェンバレンが植民地大臣で、これは、フランス系のローリエには受け入れられなかった。ローリエも、カナダの自立した内政が認められるのであれば大英帝国を批判することはないという姿勢から、イギリス人やフランス人という立場を超越した「最初のカナダ人」と呼ばれた。また、植民地はいずれ独立し、本国から離れるものという考えを持っており、独立を「われわれの運命の北極星」と呼んだ。
※この「アメリカとの無制限互恵」の解説は、「ウィルフリッド・ローリエ」の解説の一部です。
「アメリカとの無制限互恵」を含む「ウィルフリッド・ローリエ」の記事については、「ウィルフリッド・ローリエ」の概要を参照ください。
- アメリカとの無制限互恵のページへのリンク