アブハジア方面
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/31 14:22 UTC 版)
「南オセチア紛争 (2008年)」の記事における「アブハジア方面」の解説
「en:Battle of the Kodori Valley」も参照 8月8日同日、黒海艦隊旗艦のミサイル巡洋艦「モスクワ」、カシン型駆逐艦「スメトリーヴイ」、揚陸艦、コルベット等がアブハジア沖へ派遣された。ロシア艦隊は、アブハジア沿岸のパトロール、スフミへの兵員・武器等の輸送活動に従事した。 8月10日、兵員を乗せてノヴォロシースクからスフミへ向かう揚陸艦2隻、コルベット2隻(対潜コルベットとミサイルコルベット)から成るロシア艦隊は、スフミへ入港する直前、グルジア海軍戦闘艇5隻の襲撃を受けたが、ナヌチュカIII型ミサイルコルベット「ミラーシュ」の反撃により、グルジア哨戒艇「ゲオルギー・トレリ」を撃沈、もう1隻の哨戒艇を破壊し、グルジア海軍部隊はポティへ逃走した。これは1945年以降、ロシア海軍が海戦を行った初の事例である(アブハジア沖海戦)。 8月9日、ノヴォロシースク第7空挺師団、プスコフ第76空挺師団、黒海艦隊の第20機動ライフル部隊と2軍団からなる9,000人をアブハジアの主戦線外に配置した。その助力もあり、アブハジア軍はコドリ渓谷からグルジア軍を追い出すのに成功した。 8月10日、アブハジアは全軍を投入して、コドリ渓谷に残っていた1,000人のグルジア軍を駆逐するのに成功したと発表した。 翌8月11日、ロシア軍はアブハジアに落下傘部隊を送り、グルジア支配地域の軍事施設を破壊して、グルジア軍のこの地域からの南オセチア方面への支援を防いだ。ロシア軍はほとんど抵抗を受けることなくセナキ (Senaki) 付近のグルジア軍基地を11日中に破壊した。ロシア軍機もセナキ基地のグルジア軍ヘリコプターを破壊している。ロシア軍はグルジア支配地域のポティの港湾施設も占領した。8月12日、アブハジアはグルジアに反抗してのコドリ・ゴーグ地域の軍事行動 (Battle of the Kodori Valley) を開始したと発表した。同日グルジア軍は、この撤退はあくまでもグルジア側に積極的な攻撃の意思が無いことを示すためであったと発表している。グルジア軍とアブハジア軍の戦闘は8月13日の終わりまで続き、コドリ渓谷のグルジア軍はそこに住む1500人のグルジア系住民と共に撤退した。
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