アナトスクス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/13 05:04 UTC 版)
アナトスクス | |||||||||||||||||||||||||||
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成体の標本MNN GAD17の骨格。ピンク色の部分は破損した吻部を人為的に復元したもの。
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地質時代 | |||||||||||||||||||||||||||
前期白亜紀(アプチアン期後期あるいはアルビアン期前期) | |||||||||||||||||||||||||||
分類 | |||||||||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||||||||
Anatosuchus Sereno et al., 2003 |
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タイプ種 | |||||||||||||||||||||||||||
Anatosuchus minor Sereno et al., 2003 |
アナトスクス[1](学名:Anatosuchus)は、ニジェールから化石が発見され、2003年にアメリカ合衆国の古生物学者であるポール・セレノらの研究チームによって記載された、ノトスクス類に属する絶滅したワニ形類の属[2]。タイプ種Anatosuchus minorが知られる[2]。属名はラテン語で「アヒル」を意味するanasとギリシア語で「ワニ」を意味するsouchosに由来し、アヒルに似た幅の広い吻部を反映している[2]。タイプ種の種小名が示すように小型のワニ形類であり、全長約70センチメートルと推定される[2] 。
発見
タイプ種A. minorのホロタイプ標本MNN GDF603は関節した下顎を伴うほぼ完全な頭骨であり、幼体の化石である。本標本はエルハ層上部とエシュカー層下部から発見されており、生息年代は前期白亜紀(アプチアン期後期あるいはアルビアン期前期)であることが示唆されている[2]。後に発見されたもう1つの標本MNN GAD17は成体の化石であり、体骨格の大部分と頭骨とが保存されている。頭骨における差異から、アナトスクスは個体成長につれて頭部が拡大化と平坦化を遂げることが示唆される[3]。
特徴
頭骨と顎
前上顎骨は幅広かつ平坦であり、吻端は頭部の最前部を直線状に横切る。左右それぞれの前上顎骨には先端を口内に向ける反り返った歯が生えている。鼻孔間突起(internarial processes)は鼻骨に向かって急速に先細る。また前上顎骨は外鼻孔を上向きかつ外側に配置する小さな突縁を含め、鼻腔の底部の形成にも参加する。これによりアナトスクスは広い吻部の前方に鼻が突出するように見える。滑らかな鼻孔はこれらのすぐ後側に位置しており、吻部に広く平坦な外見をもたらしている[3]。
上顎骨は頭骨において最長の骨である。左右の上顎骨は19本の小さな反り返った歯を持ち、また骨全体は非常に幅広く、長方形に見えるアナトスクスの頭部を形作っている。前眼窩窓の上下には幅広い枝が伸びる。これらの枝の上部は鼻骨との長い縫合線を形成し、前眼窩窓の直上に位置する前前頭骨や涙骨と合流する。歯槽の縁は垂直に向いているが、歯槽は前上顎骨のものと異なり前後方向に配列する。上顎骨の表面は神経血管孔をはじめとする孔が多数開いているが、鼻骨や前頭骨および頭頂骨と比較して顕著な訳ではない[3]。
上顎骨は口蓋の大部分を形成しており、特に口蓋の前部を占めている。口蓋骨は上顎骨が参加しない部分のほぼ全てを形成している。口蓋のうち内側の三分の一程度は背側へのアーチを描いており、このため頬間隙が拡大する。ただし、残る三分の二の領域では水平である。口蓋の各上顎骨にはスリット型の窩が存在する。極めて後側の部分は翼状骨と外翼状骨で形成されており、これらの骨は突出した後腹側の下顎枝の形成にも参加する。内鼻腔はsuborbital fenestraeに接さない範囲で後側に位置する。内鼻腔の間には薄い隔壁が存在し、そこで翼状骨と合流する[3]。
鼻骨は極めて長く、その全長に亘って左右で縫合する。鼻骨の前端は前上顎骨の鼻孔間突起のすぐ後側であり、後端は前頭骨の直下に位置する2つの突起である。涙骨はL字型で、前側に突出して上顎骨に合流する枝と、下方向に突出して眼窩の一部を形成する枝とを持つ。また涙骨は眼瞼骨と関節する小さな1個の突起も有しており、この突起は眼窩に突出する。各眼窩の上部にはanterior palpebralsとposterior palpebralsの両方が存在した。前前頭骨はI字型をなし、両端が拡大しており、鼻骨と涙骨とを隔てている[3]。
前頭骨は癒合して1つの大型の骨を形成しており、頭頂骨も同様である。前頭骨-頭頂骨間の縫合線は強固に噛み合っている。前頭骨には内側稜が存在するが、上側面頭窓同士の間の領域はそこを横切る深い窩を除いて平らである。幼体の標本において眼窩同士の間の幅は上側頭窓同士の間の幅を下回るが、成体の標本においては前者が後者の約2倍である。上側頭窓は前頭骨の突出によって形成される明瞭な角を有しており、この特徴は個体成長につれて獲得されたようである。後眼窩骨は小型であり、わずかに湾曲する。後眼窩骨はposterior palpebralsと関節した[3]。
頭部の後方の最上部に位置する鱗状骨は三放射状であり、後眼窩骨と接する細長い前側突起と、神経頭蓋へ向かって下方に伸びる後側突起を持つ。頬骨は比較的長い前側の枝を持つが、前眼窩窓に接するほど伸びてはいない。左右の眼窩の直下には小さな楕円形の窩が位置する。方形頬骨は顆の付近で部分的に方形骨と癒合しているが、顎関節の形成には参加しない。方形骨は耳の領域からそれぞれの顆にかけて後腹側に傾斜している[3]。
神経頭蓋は極めて良好に保存されている。上後頭骨(supraoccipitals)は小型かつ三角形で、短い垂直方向のキールを後頭部に伴う。大型の突縁がここからそれぞれの側に伸びる。傍後頭突起は鱗状骨と方形顆との両方と接し、また一連の条線が刻まれている。後頭顆は腹側に腹側にそれており、ほぼ完全に基後頭骨により形成されている。頭骨のそれぞれの側は3個の耳管の孔が存在しており、2つは左右の基後頭骨に前側と後側とに分かれて位置し、1つは基蝶形骨と後頭骨との間に存在する。方形骨と翼状骨との間には1対の稜が存在し、神経頭蓋の左右の外側を走る[3]。
下顎は上顎と合致するU字型をなし、左右の歯骨にはそれぞれ21本の歯が配列する。歯骨は血管の通ったdentary shelvesと歯槽縁が存在し、U字型の角を曲がるにつれて背腹側よりも横方向に広くなる。左右の歯骨は下顎結合部で互いに噛み合っており、柔軟性を失っている。歯骨は後側にある程度突出しており、下顎窓の縁を形成する。角骨と上角骨は下顎の筋突起に伸び、また上角骨は顎関節の大部分を形成する。関節骨は方形顆との関節窩を持つ。関節骨はサドル型で、前後にlipを持たないものの、顎関節の後腹側に筋肉の付着する稜を持つ[3]。
歯冠は円錐形であり、口の中心に向かって湾曲する。いずれの歯も非常に小型かつ摩耗の痕跡があまり見られないことから、使用頻度が低かったことが示唆される。大半の歯には表面に小型のカリナが存在する。下顎結合部分には左右11ミリメートルにわたって歯が存在しないが、第1 - 第3前上顎骨歯で獲物を切るために用いられた可能性のある鋭利な縁が形成されている。最大の歯は頭骨の角に見られる[3]。
体骨格と皮骨板

アナトスクスは1個の前環椎、8個の頸椎、そしておそらく16個の胴椎(保存されているものは15個)を持つ。また、2個の仙椎も存在する。胴椎の椎体は両凹型であり、頸椎の椎体は下突起(hypapophyses)を欠く。前環椎は逆V字型をなす骨であり、背側にキールを伴い、また環椎と比較して極めて大型である。軸椎は2つの分かれた神経弓により構成されている。軸椎の神経棘は低く、長方形に近い形状を示す。頸椎の神経棘の高さは後側ほど増しており、第3頸椎では2倍、第7頸椎では約5倍になる。胴椎は左右幅を前後長が上回っており、また前後長は横突起全体の幅の半分を上回る[3]。
環椎と軸椎の頸肋は直線状であるが、他の頸椎の頸肋は短くかつ三放射形である。胸肋は椎骨の付近で皮骨板に保護された後、腹側に湾曲し、前縁に沿ってわずかな突縁を形成する。後端に近い椎骨の肋骨ではcapitulumとtuberculumとが同一平面状に存在し、1つのまとまった肋骨頭を呈する。また標本には腹肋も保存されている[3]。
皮骨板は背部にのみ存在するようである。これらは対をなして縫合しており、1個の胴椎あるいは3個の頸椎に1対の皮骨板が対応する。列同士は最小限の関節しかしておらず、わずかに互いに重複した部分が存在するのみである。皮骨板は台形であり、孔が多く開いている。皮骨板は縫合線の中央にある関節面を介して対応する椎骨と関節しており、その椎骨の神経棘の上部が関節面に収まる構造になっている[3]。
肩甲骨は極めて幅広であるが、皮骨板の下に位置するブレードの遠位端でそれほど拡大しているわけではない。烏口骨は長く伸びている。上腕骨は長く、直線状の骨幹は細長く、幅は長さの10%未満である。肘頭突起が嵌まり込む窩は強く発達しており、前肢を極めて真っ直ぐに伸ばせたことが示唆される。橈骨は近位端が大きく拡大しており、尺骨よりも顕著に短い。尺骨は比較的湾曲している。手部は非常に大型であり、奇妙な第4指を持つ。左右の第4指にはそれぞれ通常の4個でなく6個の指骨が存在するが、全体の長さは他の指の80%程度である。これは主に強くアーチ状を描く細長い末節骨に起因しており、また末節骨には全体に沿って狭い溝が走る。これらの特殊化した特徴がいかなる利点をもたらしたかは不明である[3]。
分類
原記載においてアナトスクスはコマフエスクスと分岐群を形成したが[2]、後の研究でコマフエスクスとの近縁性は否定され、ウルグアイスクス科に属すことが判明した[4][5][6][7]。以下はFernández Dumont et al. (2020)に基づくクラドグラム[8]。
ノトスクス類 |
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出典
- ^ 小林快次『ワニと恐竜の共存 巨大ワニと恐竜の世界』北海道大学出版会、2013年7月25日、14頁。ISBN 978-4-8329-1398-1。
- ^ a b c d e f Sereno PC; Sidor CA; Larsson HC; Gado B (2003). “A new notosuchian from the Early Cretaceous of Niger”. Journal of Vertebrate Paleontology 23 (2): 477–482. doi:10.1671/0272-4634(2003)023[0477:ANNFTE]2.0.CO;2 .
- ^ a b c d e f g h i j k l m n Paul C. Sereno; Hans C E Larsson. “Cretaceous Crocodyliforms from the Sahara”. ZooKeys 28 (28): 1-143. doi:10.3897/zookeys.28.325 .
- ^ Andrade MB, Bertini RJ, Pinheiro AEP. 2006. Observations on the palate and choanae structures in Mesoeucrocodylia (Archosauria, Crocodylomorpha): phylogenetic implications. Revista Brasileira de Paleontologia, Sociedade Brasileira de Paleontologia. 9 (3): 323-332.
- ^ Piacentini Pinheiro AE, Pereira PVLGdC, de Souza RG, Brum AS, Lopes RT, Machado AS, et al. (2018) Reassessment of the enigmatic crocodyliform "Goniopholis" paulistanus Roxo, 1936: Historical approach, systematic, and description by new materials. PLoS ONE 13(8): e0199984. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0199984
- ^ Pol, D.; Nascimento, P. M.; Carvalho, A. B.; Riccomini, C.; Pires-Domingues, R. A.; Zaher, H. (2014). “A New Notosuchian from the Late Cretaceous of Brazil and the Phylogeny of Advanced Notosuchians”. PLOS ONE 9 (4): e93105. Bibcode: 2014PLoSO...993105P. doi:10.1371/journal.pone.0093105. PMC 3973723. PMID 24695105 .
- ^ Nicholl CS; Hunt ES; Ouarhache D; Mannion PD (2021). “A second peirosaurid crocodyliform from the Mid-Cretaceous Kem Kem Group of Morocco and the diversity of Gondwanan notosuchians outside South America”. Royal Society Open Science 8 (10). doi:10.1098/rsos.211254. PMC 8511751. PMID 34659786 .
- ^ Fernández Dumont, M.L.; Bona, P.; Pol, D.; Apesteguía, S. (September 2020). “New anatomical information on Araripesuchus buitreraensis with implications for the systematics of Uruguaysuchidae (Crocodyliforms, Notosuchia)”. Cretaceous Research 113: 104494. doi:10.1016/j.cretres.2020.104494. ISSN 0195-6671 .
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