「帝国市民法第一次施行令」のユダヤ人規定
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「ニュルンベルク法」の記事における「「帝国市民法第一次施行令」のユダヤ人規定」の解説
「帝国市民法」も「ドイツ人の血と名誉を守るための法律」もユダヤ人についてのしっかりとした定義はしていなかった。そのため、再びユダヤ人の定義が問題となった。これは1935年11月24日に「帝国市民法第一次施行令」によって定められた。前述したように先の「アーリア条項」のユダヤ人の範囲は広すぎるとされていたので、ユダヤ人の範囲は「アーリア条項」より縮小されている。詳しくは下記のとおりである。 4人の祖父母のうち3人以上がユダヤ教共同体に所属している場合は、本人の信仰を問わず「完全ユダヤ人」。 4人の祖父母のうち2人がユダヤ教共同体に所属している場合は次のように分類する。ニュルンベルク法公布日時点・以降に本人がユダヤ教共同体に所属している者は、「完全ユダヤ人」 ニュルンベルク法公布日時点・以降にユダヤ人と結婚している者は、本人の信仰を問わず「完全ユダヤ人」 ニュルンベルク法公布日以降に結ばれたドイツ人とユダヤ人の婚姻で生まれた者は、本人の信仰を問わず「完全ユダヤ人」 1936年7月31日以降にドイツ人とユダヤ人の婚外交渉によって生まれた者は、本人の信仰を問わず「完全ユダヤ人」 上記のいずれにも該当しない者は、「第1級混血」(ドイツ人) 4人の祖父母のうち1人がユダヤ教共同体に所属している者は、「第2級混血」(ドイツ人)。 この分類で「完全ユダヤ人」とされた者は1937年の内務省調査によると77万5000人である。そのうちユダヤ教徒ユダヤ人は47万5000人、非ユダヤ教徒ユダヤ人は30万人であった。「第1級混血」と「第2級混血」の合計は75万人であった。混血は少なくとも法律上はドイツ人扱いである。ヒトラーは混血については数世代かけて同化させてしまう事を考えていたという。第一級ユダヤ混血についてはユダヤ人にせよ、という意見がその後もナチ党内に根強くあった。混血は社会的な差別に晒された。しかしヒトラー自身は1944年秋まではユダヤ人の範囲の拡張には慎重だった。1944年10月には一級混血の男性にはトート機関の強制労働収容所で強制労働が義務付けられた。さらに11月には全ての混血は公職から追われている。
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