「ルース」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/03/14 14:11 UTC 版)
「アフマド・イブン・ファドラーン」の記事における「「ルース」」の解説
詳細は「ルーシ族」を参照 仮訳私はルースたちが彼らの市場に来てイティル沿いに野営するのを見た。私はこれ以上肉体的に完璧な見本をみたことがない。ナツメヤシの木のように固く、金髪で赤らんでいる。彼らはチュニックもカフタンも着ず、男たちは体の片側を覆い片手が自由になる衣服を着る。男はそれぞれ斧や剣やナイフを持ち、いつでも持っている。女はそれぞれ鉄や銀や銅や金の箱を胸につける。箱の価値は夫の富を暗示する。それぞれの箱はナイフが掛かる輪がついている。 . 女たちは金や銀の首輪をつける。最も尊ばれる装飾品は緑のガラスビーズである。彼らは紐を通して女たちのためのネックレスにする。 イブン・ファドラーン, 922年、イティルでのルースの市場で. イブン・ファドラーンの報告書の重要な一片は、彼が「ルース」 Rūs روس または ルーシーヤRūsiyyahと呼ぶ人々の説明に当てられている。多くの学者はルーシ族またはヴァリャーグに該当すると推定し、このことによりイブン・ファドラーンの報告書はヴァイキングについての最も早い記述の一つである。 ルースは、ボルガルの宿営地近くの川辺で店を出す交易者として登場する。彼らはナツメヤシの木のように背が高い体と金髪と赤ら顔を持つと描写される。彼らは「指の爪から首まで」深緑や紺の「木の模様」や他の「図案」の刺青をしており 、男はすべて斧や長ナイフで武装していたと描写する。 イブン・ファドラーンはルースを「完璧な肉体的見本」と描写し、(彼らが毎日髪を櫛でとかすことをいくばくかの驚きを持って書く一方で)ルーシーヤの健康法を厭わしいと述べた。そして彼らを野卑で洗練されていないとみなした。この点において、彼の印象はペルシャ人の旅行者イブン・ルスタen:Ibn Rustaと対照的である。かれはまたとても詳細に、彼らの族長の一人の葬式(人身供犠を含む船葬)(en:Viking funeral#Ibn Fadlan's accountを参照)について述べている。幾人かの学者は現在のen:Balymer complexでこれが行われたと信じている。
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