「オウムのくちばし」地区
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/28 00:21 UTC 版)
「カンボジア作戦」の記事における「「オウムのくちばし」地区」の解説
4月30日午後7時、南ベトナム軍はカンボジア国境を超え、トアンタン42作戦(別名ロック・クラッシャー作戦)を開始した。南ベトナム軍兵士8,700名からなる12個大隊(第3軍団から2個+第25師団と第5師団から1個ずつ計4個の機甲騎兵中隊、第25師団の歩兵連隊、第3レンジャー群団からの南ベトナム軍機甲騎兵連隊を付随させた3個のレンジャー中隊)がスヴァイリエン州の「オウムのくちばし(英語版)」地区(Parrot's Beak)に侵攻した。南ベトナム軍でも特に積極的で有能な将官と目されていた第3軍団司令ド・カオ・トリ(英語版)中将であった。カンボジア入りして最初のの2日間、南ベトナム軍は北ベトナム軍と幾度か激しい交戦をした。ただし前回の南ベトナム軍侵攻で事前に警戒していた北ベトナム軍は、自軍の大部分が西側に撤退できるよう、遅滞行動に徹していた[要出典]。 南ベトナム軍の作戦はやがて索敵殲滅(英語版)作戦 へと移行し、北ベトナム軍の隠匿物資を見つけるべく小規模な哨戒部隊で村落部の捜索活動を行った。その後、米第9歩兵師団の到着により作戦の第2段階が始まった。4個の戦車・歩兵混成部隊が「オウムのくちばし」を南部から攻撃した。南ベトナム軍の主張では、作戦開始3日後の時点で北ベトナム軍兵士1,010名を殺害、204名を捕虜としており、また自軍の被害は戦死66名と負傷者330名だったとしている。
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