ARMアーキテクチャ 歴史

ARMアーキテクチャ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/12 14:45 UTC 版)

歴史

ARMの設計は、1983年エイコーン・コンピュータ(イギリス)によって開始された。当時エイコーンはモステクノロジーMOS 6502を搭載したコンピューターを製造・販売しており、小さなハードウェア規模でシンプルな命令セットを持つ、より高速なプロセッサを開発することによって、6502を置き換えることが目的であった。

ただし、ARMはMC6800の影響を受けてはいるがよりRISCに近く、命令セットアーキテクチャや内部アーキテクチャに類似点は少ない。命令セットを設計したソフィー・ウィルソンも、6502とARMにはほとんど共通点は無いと述べている[11]

開発チームは1985年までにARM1と呼ばれる開発サンプルを完成させ、最初の製品となるARM2は次の年に完成した。ARM2は32ビットのデータバス、26ビットのアドレス空間と16個の32ビットレジスタを備えていた。レジスタの1つは、上位6ビットが状態フラグを保持するプログラムカウンタである。ARM2のトランジスタ数は30000個しかなく、おそらく世界で最もシンプルな実用32ビットマイクロプロセッサであった。これは、マイクロコードを持たないこと(モトローラMC68000の場合は1/4から1/3がマイクロコードであった)と、現在のほとんどのCPUと違ってキャッシュを含まないことによるものである。このシンプルさのために消費電力は極めて低かった。後継となるARM3は、4KBのキャッシュを含みさらに性能を高めた。

1980年代後半、Apple Computer(現:Apple)はエイコーンと共同で新しいARMコアの開発に取り組んだ。この作業は非常に重要視されていたため、エイコーンは1990年に開発チームをスピンオフしてAdvanced RISC Machinesという新会社を設立した。このため、ARMは本来のAcorn RISC MachineではなくAdvanced RISC Machineの略であるという説明をよく見かけることになる。Advanced RISC Machinesは、1998年ロンドン証券取引所NASDAQに上場した際、ARM Limitedとなった。

この経緯により、ARM6が開発された。1991年に最初のモデルがリリースされ、AppleはARM6ベースのARM610をApple Newtonに採用した。

これらの変化を経てもコアは大体同じサイズに収まっている。ARM2は30000個のトランジスタを使用していたが、ARM6は35000個にしか増えていない。そこにあるアイデアは、エンドユーザーがARMコアと多くのオプションのパーツを組み合わせて完全なCPUとし、それによって古い設備でも製造でき、かつ安価に高性能を得られる、というものである。

このARM6の改良版であるARM7も、ARM6を採用した製品群に引き続き採用されたほか、普及期に入りつつあった携帯電話にも広く採用されたことから、今日のARMの礎ともなった。

さらに、新世代のARMv4アーキテクチャに基いてARM7を再設計したものがARM7TDMIである。ARM7TDMIはThumb命令(後述)を実装し、低消費電力と高いコード効率を両立する利点を備えていたことから、ライセンスを受けた多くの企業によって製品化され、特に携帯電話ゲームボーイアドバンスといった民生機器に採用されたことから、莫大な数の製品に搭載された。なお、TDMIとはThumb命令、デバッグ (Debug) 回路、乗算器 (Multiplier)、ICE機能を搭載していることを意味している。しかし、これより後のコアには全てこれらの機能が標準的に搭載されるようになったため、この名称は省かれている。

DECはARMv4アーキテクチャの設計のライセンスを得てStrongARMを製造した。233MHzでStrongARMはほんの1Wの電力しか消費しない(最近のバージョンはさらに少ない)。この業績は後に訴訟の解決の一環としてインテルに移管され、インテルはこの機会を利用して古くなりつつあったi960をStrongARMで補強することにし、それ以降XScaleという名で知られる高性能の実装を開発した。

以後も、StrongARMの技術のフィードバックを受けたARM9ARM10を経て、NECとの提携などによって携帯電話向けプロセッサとしての地位を確固たるものにしたARM11をリリースする。

2005年には製品ラインナップを一新し、高機能携帯電話などのアプリケーションプロセッサ向けであるCortex-A、リアルタイム制御向けであるCortex-R組み込みシステム向けであるCortex-Mと、ターゲットごとにシリーズを分類した。なお、Cortexの末尾に付く文字は、社名であるARMの一文字ずつをそれぞれ割り当てたものである[12]。また、2012年11月にはARM初となる64ビットアーキテクチャによるプロセッサコアであるCortex-A50シリーズを発表した[13]

ARMからIPコアのライセンス供与を受けている主な企業には、モトローラIBMテキサス・インスツルメンツ任天堂フィリップスAtmelシャープサムスン電子STマイクロエレクトロニクスアナログ・デバイセズMediaTekパナソニッククアルコムマーベル・テクノロジー・グループなどがある。

ARMチップは世界で最もよく使われているCPUデザインの一つとなっており、ハードディスク携帯電話ルータ電卓から玩具に至るまであらゆる製品の中に見ることができる。32ビット組み込みCPUで圧倒的なシェアを占め、2004年の世界シェアは61%であった[14]


注釈

  1. ^ ベクトルレジスタが明示的に用意されておらず、複数のスカラレジスタに対して演算を行う。ベクタ長は固定されておらず、FPSCRという特殊なレジスタで最大8要素までのベクタ長を指定可能。また、レジスタがスカラモードのみで使えるバンクとベクタモードで使えるバンクに分けられており、レジスタの組み合わせに制約がある。
  2. ^ ARMプロセッサのベクタモードへの対応はMVFR0レジスタの24-27ビット目を参照することで確認できる。

出典

  1. ^ Arm’s Solution to the Future Needs of AI, Security and Specialized Computing is v9
  2. ^ Arm® (日本)|半導体IP|アーム公式サイト – Arm®”. arm.com. 2022年11月18日閲覧。
  3. ^ 世の中ARMだらけ!? 現代社会を支える「ARM」ってなんだろう?”. ドスパラ. 2022年11月18日閲覧。
  4. ^ ARMとは”. コトバンク. 2022年11月18日閲覧。
  5. ^ Armがマイコン向けハイエンドCPUコア、Cortex-M85発表”. 日経. 2022年11月18日閲覧。
  6. ^ http://www.arm.com/miscPDFs/3823.pdf
  7. ^ [1]
  8. ^ http://www.jp.arm.com/pressroom/08/080125.html
  9. ^ https://news.mynavi.jp/techplus/article/20100910-cortex-a15/
  10. ^ http://ascii.jp/elem/000/000/645/645995/
  11. ^ Smotherman, Mark. “Which Machines Do Computer Architects Admire?”. 2011年9月19日閲覧。
  12. ^ スマートフォンを席巻するARMプロセッサーの歴史”. ASCII.jp (2010年12月20日). 2013年7月24日閲覧。
  13. ^ ARMが初の64ビットCPU「Cortex-A50シリーズ」発表、サーバー向けに16コア以上に対応”. ITpro (2012年11月1日). 2014年11月27日閲覧。
  14. ^ 2005年、ARM社のセミナー資料による。
  15. ^ Sony Japan | プレスリリース| クリエ用新アプリケーションCPU「Handheld EngineTM」の開発について”. www.sony.co.jp. 2019年4月8日閲覧。
  16. ^ News:米速報:次世代マイクロアーキテクチャ「ARM11」発表
  17. ^ Googleが新型「Chromebook」を発表、Samsung製で249ドル
  18. ^ 【PC Watch】 Samsung、初のARM Cortex-A15プロセッサ「Exynos 5250」
  19. ^ 日本TI、モバイルの概念を一変させる高性能、高機能のOMAP™5プラットフォームを発表
  20. ^ 【後藤弘茂のWeekly海外ニュース】 ARMが次世代CPU「Atlas」と「Apollo」の計画を発表
  21. ^ AMD’s K12 ARM CPU Now In 2017
  22. ^ 苦難の2013年を越え、輝かしい2014年に賭けるAMD (大きな期待が寄せられているサーバー向け64ビットARMプロセッサ)
  23. ^ ARM Sets New Standard for the Premium Mobile Experience - ARM
  24. ^ Qualcomm Introduces Next Generation Snapdragon 600 and 400 Tier Processors for High Performance, High-Volume Smartphones with Advanced LTE | Qualcomm
  25. ^ "ARM Cortex-M1", ARM product website. Accessed April 11, 2007.
  26. ^ "ARM Extends Cortex Family with First Processor Optimized for FPGA", ARM press release, March 19 2007. Accessed April 11, 2007.
  27. ^ ARM Cortex-M1
  28. ^ Actel: 製品とサービス: プロセッサ: ARM: Cortex-M1
  29. ^ AnandTech | Cortex-M7 Launches: Embedded, IoT and Wearables
  30. ^ Cortex-M7 Overview - ARM
  31. ^ Cortex-M23 Overview - ARM
  32. ^ Cortex-M33 Overview - ARM
  33. ^ ARMv8-A Synchronization primitives”. p. 6. 2024年1月3日閲覧。
  34. ^ Ltd, Arm. “Cortex-A78C”. Arm | The Architecture for the Digital World. 2023年1月14日閲覧。
  35. ^ Processor mode”. ARMホールディングス. 2013年3月26日閲覧。
  36. ^ KVM/ARM”. 2013年4月3日閲覧。
  37. ^ 2.14. The program status registers - Cortex-A8 Technical Reference Manual
  38. ^ DSP & SIMD - ARM
  39. ^ a b ARM、Hot ChipsでHPC用のスケーラブル・ベクトル拡張を公表”. HPCwire Japan (2016年8月28日). 2022年1月2日閲覧。
  40. ^ 株式会社インプレス (2021年3月31日). “Arm、10年ぶりの新アーキテクチャ「Armv9」。富岳のSVE改良版やコンフィデンシャルコンピューティング機能追加”. PC Watch. 2022年1月2日閲覧。
  41. ^ Documentation – Arm Developer”. developer.arm.com. 2022年1月2日閲覧。






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