中国の竜 竜崇拝

中国の竜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/16 09:02 UTC 版)

竜崇拝

起源

中国の竜は、トーテムや自然の生き物を様式化した描写を起源に、神話の動物へと進化した、「虺五百年化為蛟、蛟千年化為竜、再五百年為角竜、千年為応竜」。古典学者である聞一多は、竜は古代の部族抗争の過程でヘビなど複数のトーテムが吸収・合成されて創りだされた、という説を述べている[8]

中国文化における竜の存在は、紀元前5千年紀仰韶文化まで遡る。1987年に河南省で数千年前の竜の像が発見された[9]。また、コイル状のヒスイの装飾品は、紀元前4700から紀元前2900年までの頃の紅山文化から出土している[10]

コイル状の蛇や竜の様式は、初期の中国文化において重要な役割を果たした。時代以降のヒスイの竜のお守りと同様に、中国語最古の「竜」の文字はコイル状の形態を有する[11]

ブタ、トラ、鳥のほか、龍を刻んだものも見つかっている。「猪竜(ズーロン)」または「玉猪竜(ユーズーロン)」と呼ばれる紅山文化の玉龍(龍を彫った玉)の造形は単純であり、龍が円形になっているものが多いが、後期になると盤龍・紋龍などの区別がはっきりとしてくる。考古学者の中には、後に中原で始まった龍への崇拝は、紅山文化にその源を発するという見方もある。

メイ・ロンの化石。本種が眠るときに現生の鳥類と同様の姿勢をとっていたと考えられるため、「眠る竜」を意味する「メイ・ロン」(寐龍)と名付けられた。

(やドラゴン)の伝承の発端としては、クジラや恐竜などの大型動物の骨や化石の出土、ワニやオオトカゲなどの爬虫類の観察、人間の本能的な蛇などへの恐怖などの仮説が挙げられている[12]。古代中国では発掘された恐竜の骨が竜の骨と呼ばれ、記録に残された。例えば、 西暦300年頃の常璩華陽国志』は、四川省の地中から出た「竜の骨」について記録に残している[13][14]。内陸部の村人は、伝統薬で使うため、長きにわたって「竜の骨」の化石を発掘しており、今日でも続いている[15]

中国では多様な恐竜が発見されている。恐竜の名前は学名としてラテン語で命名するのが慣例であるが、1990・2000年代以降の恐竜については、中国語のピンイン音をそのまま用いて「○○ロン」と命名する例が現れている。

天候と水の支配者として

龍と水の関係の起源はインドのナーガに遡り、仏教を介して中国に伝わり龍と習合した。ナーガはコブラを神格化した蛇神だったが、コブラが生息していない中国では、漢訳経典において竜と翻訳された。類似した事例として、古代中国や韓国やベトナム等沿岸部に存在するクジラ(鯨神)を海上の守護者として崇める風習は、仏教の竜王伝承と迎合した可能性がある[16]

竜は地上に雨をもたらす水神とみなされたが、竜が雨を降らせるか否かはしばしば玉皇大帝など地位の高い神の命令に基づいていた[17]。民間信仰においても、竜王は玉皇大帝の支配下にあってその命令に従っており、竜王が天候を自由に制御することはできないと認識されることがあった[18]。玉皇大帝が降雨を禁じたにも拘わらずこれに背いて雨を降らせたために罰せられる竜の伝説が中国の各地に残っている。浙江省の「玉柱峰」の伝承では、大晦日に生贄がなかったのを怒った玉皇大帝が3年の間降雨を止めるように竜たちに命じたが、九龍鼎の玉柱龍が命令に従わずに雨を降らせ、地上に1000年間落とされるという罰を玉皇大帝から受けている[19]。また、広西壮族自治区に残る「金龍と鯉魚」の伝承では、3年の間降雨を禁じた玉皇の命に背いた金龍が、天の瑶池で鉄の鎖に拘束される罰を受けている[19]旧暦2月2日の年中行事「龍擡頭」にまつわる陝西省の伝説では、玉皇大帝の命令に背いて雨を降らせた玉竜が地上の山に閉じ込められる[20]。(詳細は「龍擡頭#伝説」を参照)

皇帝の権威の象徴

竜、特にそれぞれの足に5つの爪がある竜は、中国の多くの王朝において皇帝の象徴だった。清では皇帝の竜は黄色または金で、明代では赤色だった[21]

帝位は竜の玉座と呼ばれていた。後期の清では、国旗に竜が採用された。竜は、北京の紫禁城などの皇宮や王墓の段差で彫刻となっている。

三皇五帝と呼ばれる古代の帝王のうち、黄帝伏羲は龍体を持つと言われる。また、龍は瑞獣であり、その顕現は天子のと関係付けられて考えられた。

いくつかの中国の伝説では、皇帝は竜の形をした母斑を持って生まれたという。例えば、竜のあざを持って生まれ、ついには現王朝を倒して新王朝を建てる農民の物語が伝わる。別の伝説では、敵から隠れていた王子が、竜のあざで王子であると証明される。

一方、皇后は多くの場合、鳳凰と同定されている。

竜は帝王の象徴とされるため、帝王にまつわるものには「竜」がつくことが多い。「竜影」(帝王の姿)、「竜顔」(帝王の顔)、「袞竜(こんりょう)」(帝王の衣服。「袞竜の袖にすがる」といえば帝王に助けを求めるという意味になる)、「竜袍(りゅうほう、ロンパオ)」(清朝の皇帝の着る黄色の緞子の着物)。

現在の信仰

水や天候を支配する竜王の礼拝は多くの地域で続いており、旧正月のお祝いなど中国の文化・伝統に深く根付いている。

「雲は龍に従い風はに従う」という中国の故事にちなみ、雨乞いとしての龍舞や防災祈願としての虎舞がアジア各地に伝承されている。


注釈

  1. ^ 「龍」は「竜」の旧字体である。
  2. ^ 慣用音の「りゅう」は呉音漢音は「りょう」。
  3. ^ 龍の草書体から。
  4. ^ 明の唐伯虎『六如居士画譜』の引用する宋の董羽『画龍輯議』では少し異なる。唐伯虎六如居士画譜』 巻3http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=85319&page=85。"頭似牛、嘴似驢、眼似蝦、角似鹿、耳似象、鱗似魚、鬚似人、腹似蛇、足似鳳"。 
  5. ^ 1297年(大徳元年)、元の朝廷は竜を天子の象徴とし、一般の使用を禁じた(特集展示「たつ年の龍」パンフレット/国立歴史民俗博物館)が、それ以前も、慣習的に竜は天子の象徴とされていたので実質的に禁じられていた。これは中華思想が元にあり、皇帝の威厳を保つ役割もあったとされる。(宮崎市定 (1995), “龍の爪は何本か”, 中国文明論集, 岩波書店, pp. 343-344, ISBN 978-4003313312 

出典

  1. ^ 古語。崔世珍訓蒙字会』(1527年)などに見える。
  2. ^ Ingersoll, Ernest; et al. (2013). The Illustrated Book of Dragons and Dragon Lore. Chiang Mai: Cognoscenti Books [信頼性要検証]
  3. ^ 南総里見八犬伝の政木狐
  4. ^ 寺沢正美、日本の民話 第65巻 三河の民話、空を飛んだ黒駒、未来社
  5. ^ a b c d Sleeboom, Margaret. [2004] (2004). Academic Nations in China and Japan: Framed in concepts of Nature, Culture and the Universal. Routledge publishing. ISBN 0-415-31545-X
  6. ^ Brand Overview”. brandhk.gov(Brand Hong Kong) (2004年9月). 2007年3月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年2月23日閲覧。
  7. ^ BBC Article: Fiery Debate Over China's Dragon, an article covering China's decision not to use a dragon mascot and the resulting disappointment.
  8. ^ 彭 2012, p. 234.
  9. ^ Howard Giskin and Bettye S. Walsh (2001). An introduction to Chinese culture through the family. State University of New York Press英語版. p. 126. ISBN 0-7914-5047-3 
  10. ^ Teaching Chinese Archeology Archived 2008年2月11日, at the Wayback Machine., National Gallery of Art, Washington, DC
  11. ^ Salviati, Filippo (2002). The Language of Adornment: Chinese Ornaments of Jade, Crystal, Amber and Glass, Fig. 17. Ten Speed Press. ISBN 1-58008-587-3.
  12. ^ Joseph Stromberg, 2012年, Where Did Dragons Come From?, スミソニアンマガジン, スミソニアン博物館
  13. ^ Dong Zhiming (1992). Dinosaurian Faunas of China. China Ocean Press, Beijing. ISBN 3-540-52084-8. OCLC 26522845 
  14. ^ 常璩『華陽国志』 巻3・蜀志https://archive.org/stream/06061130.cn#page/n120/mode/2up。"五城県(中略)出龍骨。云:龍升其山、値天門閉不達、堕死於此。後没地中。故掘取得其骨。"。 
  15. ^ “Dinosaur bones 'used as medicine'”. BBC News. (2007年7月6日). http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/6276948.stm 2007年7月6日閲覧。 
  16. ^ 李善愛「護る神から守られる神へ : 韓国とベトナムの鯨神信仰を中心に」『国立民族学博物館調査報告』第149巻、国立民族学博物館、2019年6月、195-212頁、CRID 1390009224786675456doi:10.15021/00009436hdl:10502/00009436ISSN 1340-6787 
  17. ^ 百田 2006, p. 208.
  18. ^ 祁建民「華北農村における民間信仰と国家権力」『研究紀要』第9巻、長崎県立大学、2008年12月、167-184頁、CRID 1050845762357261440ISSN 1346-6372NAID 1200054748292022年5月10日閲覧  p.175 より
  19. ^ a b 百田 2006, p. 207.
  20. ^ 櫻井 2013, pp. 73-74.(中国【漢民族】 3 金豆の花が咲くとき 陝西省一帯 漢民族)
  21. ^ Hayes, L. (1923). The Chinese Dragon. Shanghai, China: Commercial Press Ltd. Retrieved from https://archive.org/details/chinesedragon00hayeuoft/page/n7/mode/2up?view=theater
  22. ^ Chinese Dragon”. The Walters Art Museum. 2012年11月27日閲覧。
  23. ^ "Jade coiled dragon, Hongshan Culture (c. 4700-2920 B.C.)", National Gallery of Art, Washington DC. Retrieved on 23-02-2007.
  24. ^ Carr, Michael. 1990. "Chinese Dragon Names", Linguistics of the Tibeto-Burman Area 13.2:87-189. He classified them into seven categories: Rain-dragons, Flying-dragons, Snake-dragons, Wug-dragons [wug refers to "worms, bugs, and small reptiles"], Crocodile-dragons, Hill-dragons, and Miscellaneous dragons.
  25. ^ 羅願『爾雅翼』 巻28・釈魚・龍https://archive.org/stream/06050603.cn#page/n78/mode/2up 
  26. ^ "禁服麒麟、鸞鳳、白兔、靈芝、雙角五爪龍、八龍、九龍、萬壽、福壽字、赭黄等服", The Twenty-Four Histories: The History of Yuan-Emperor Shundi (元史・順帝紀), compiled under Song Lian (宋濂), AD 1370.
  27. ^ 彭 2012, pp. 266–271.





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