アンナ・カレーニナ アンナ・カレーニナの概要

アンナ・カレーニナ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/08/19 07:35 UTC 版)

イワン・クラムスコイ作「邦題:忘れえぬ女」(1883年)。アンナ・カレーニナをイメージしたものとも言われている[1]

あらすじ

主な舞台は1870年代のロシア。

政府高官カレーニンの妻である美貌のアンナは、兄夫婦の諍いを仲裁するためにやってきたモスクワで若い貴族の将校ヴロンスキーと出逢い、互いに惹かれ合う。

地方の純朴な地主リョーヴィンはアンナの兄嫁の妹キティに求婚するが、ヴロンスキーとの結婚を期待するキティに断られてしまう。失意のリョーヴィンは領地に戻り、農地の経営改善に熱心に取り組む。ところがキティはヴロンスキーに無視され、それがきっかけで病を患ってしまう。

アンナは夫と幼い一人息子の待つペテルブルクへ帰京するが、ヴロンスキーはアンナを追う。二人の関係は急速に深まるが、それを知ったカレーニンは世間体を気にして離婚に応じない。

アンナはヴロンスキーの子供を出産後、重態となる。そこへ駆けつけたカレーニンは寛大な態度でアンナを許す。その一連を目の当たりにしたヴロンスキーはアンナを失うことに絶望しピストル自殺を図るが、未遂に終わる。その後ヴロンスキーは退役して、回復したアンナを連れて外国に出奔する。

リョーヴィンは病気の癒えたキティと結婚し、領地の農村で新婚生活を始める。そして兄を看取ったことをきっかけに人生の意義に悩むようになる。

帰国したアンナとヴロンスキーの二人は、不品行が知れ渡り社交界から締め出され、やむなくヴロンスキーの領地に居を定めることになる。離婚の話は、狂信的な知人のカレーニンへの入れ知恵や、一人息子を奪われるというアンナの恐れなどの事情でなかなか進まない。自らの境遇に不満なアンナと領地の経営に熱中するようになったヴロンスキーとは次第に気持ちがすれ違い始め、アンナはヴロンスキーの愛情が他の女性に移ったのではないかとまで疑うようになる。ついに絶望したアンナは列車に身を投げる。生きる目的を見失ったヴロンスキーは、私費を投じて義勇軍を編成し、トルコとの戦争(露土戦争)に赴く。カレーニンはアンナとヴロンスキーの間の娘である幼子のアニー(カレーニンとアンナは離婚していないので、法律上はアニーはカレーニンの娘扱いとなっている)を引き取る。なお、カレーニンとヴロンスキーの名前は、どちらもアレクセイである。

一方、リョーヴィンは、キティとの間に子供をもうけ、領地で幸せな家庭を築き、人は他人や神のために生きるべきものだという思いに至る。

主な登場人物

アンナ・アルカージエヴナ・カレーニナ: サンクトペテルブルク出身の、美しく賢い貴族の女性。婚外関係が原因で社会から排斥され、不幸な状態に陥り、最終的に自殺する。

アレクセイ・アレクサンドロヴィチ・カレーニン: アンナの公的で感情に乏しい夫で、政府の高官。社会的な伝統に従い、自己保身を優先する。

アレクセイ・キリロヴィチ・ヴロンスキー: ハンサムな軍人であり、アンナの恋人。一時はキャリアを犠牲にするほどの愛情を持つ。時間とともに感情が冷めるものの、それでもアンナに忠実である。

コンスタンティン・ドミートリチ・リョーヴィン: 地主であり、知識人のキャラクター。愛の探求の中で幸せな結婚を達成する、トルストイ自身の象徴である。

エカテリーナ・アレクサンドロヴナ・シチェルバツカヤ(キティ): リョーヴィンの妻で、美しく優しい女性。人生の困難に対して大きな勇気を示す。

ステパン・アルカージェヴィチ・オブロンスキー(スティヴァ): アンナの享楽主義的な兄弟で、道徳的に緩んでいることで知られている。楽しく魅力的だが、道徳的には弱いキャラクターである。

ダリヤ・アレクサンドロヴナ・オブロンスカヤ(ドリー): スティヴァの妻であり、キティの姉。アンナに理解を示し、結婚の困難さを知っている。

セルゲイ・アレクセーヴィチ・カレーニン(セルジョージャ): アンナとカレーニンの幼い息子。母親に強く依存している。

ニコライ・ドミートリチ・リョーヴィン: リョーヴィンの病気の兄弟で、自由思想的で急進的な見解を持つ。

セルゲイ・イヴァノヴィチ・コズニシェフ: リョーヴィンの異母兄弟で、有名な知識人。冷淡な知識主義を象徴している。[3]

主題

不倫という神の掟をやぶる行為に走ったアンナは不幸な結末を迎えざるをえない。しかし、自身の気持ちに誠実に生きたアンナを同じ罪人である人間が裁くことはできない。虚飾に満ちた都会の貴族社会で死に追いやられたアンナと、農村で実直に生きて信仰に目覚め、幸せをつかんだリョーヴィンとが対比され、人の生きるべき道が示されている[4][5][6][7][8]

また、この物語の主軸は、主人公アンナが、二人のアレクセイである、カレーニンとヴロンスキーの間を行き来することである、ともいえる。初めカレーニンの妻であったアンナは、ヴロンスキーに惹かれ、その妻となる。しかし、やがてヴロンスキーと心が離れ、最後にアンナは自殺してしまう。しかしアンナは娘であるアニーという形をとって生まれ変わり、再びカレーニンの下へ還るのである。

手法

トルストイは、リアリズムの巨匠の一人と評され、本作品においても鋭敏な感性で登場人物の肉体や行動、および環境を描くことで、その人物の心理を表現するという作者一流のリアリズムの手法が駆使されている。その的確な描写力に加え、心理に対する深い洞察、厳密なことばの選択などが、数多くの登場人物の個性を鮮やかに描き分ける[9][10][11]。また、修辞学を排し語義そのものを明らかにする直截的な文体が用いられている[12]

評価

雑誌に発表した当初から賞賛の声に包まれた[13]ドストエフスキーは「芸術上の完璧であって、現代、ヨーロッパの文学中、なに一つこれに比肩することのできないような作品である[14]」、トーマス・マンは「このような見事な小説、少しの無駄もなく一気に読ませる書物、全体の構造も細部の仕上げも一点非の打ちどころのない作品[15]」と評し、レーニンは、本がすり切れるまで読んだと言われている[16]桑原武夫は「この間お目にかかった志賀直哉さんも、近代小説の教科書といっていい、ともらされております[17]」と発言している。

2002年にはノルウェー・ブック・クラブ(Norwegian Book Club)が選定した「世界文学最高の100冊」(en:The 100 Best Books of All Time)に選ばれ、2007年刊行の『トップテン 作家が選ぶ愛読書』“The Top Ten: Writers Pick Their Favorite Books”[18]の首位(en:List of novels considered the greatest of all time)を占めた。

日本語訳

複数の訳で重版されており以下は現行版、いずれも「アンナ・カレーニナ」でタイトル統一されている。

派生作品

M・ヴルーベリによる挿絵 『息子と再会するアンナ・カレーニナ』 (1878年)

映画

この作品は何度も映画・テレビ化されている。

バレエ

M・プリセツカヤが振付け、自身がアンナ役を踊った。音楽は夫のR・シチェドリン。プリセツカヤの衣装はフランスのピエール・カルダンが担当した。
P・チャイコフスキーの楽曲を使用した新作バレエ。

演劇

2001年(雪組) 2008年(星組) 2019年(月組)
ヴィロンスキー 朝海ひかる 夢乃聖夏麻尋しゅん 美弥るりか
アンナ 紺野まひる 蒼乃夕妃妃咲せあら 海乃美月
カレーニン 貴城けい 紅ゆずる美弥るりか 月城かなと
コスチャ 立樹遥 壱城あずさ碧海りま 夢奈瑠音

 出演

 2006年版 アンナ:一路真輝、ヴロンスキー:井上芳雄、レヴィン:葛山信吾、スティーバ:小市慢太郎、カレーニン:山路和弘

 2010年版 アンナ:一路真輝瀬奈じゅん(Wキャスト)、ヴロンスキー:伊礼彼方、レヴィン:葛山信吾、スティーバ:山西惇、カレーニン:山路和弘

 2013年版 アンナ:一路真輝、ヴロンスキー:伊礼彼方、レヴィン:葛山信吾、スティーバ:井之上隆志、カレーニン:山路和弘

オペラ

  • 『アンナ・カレーニナ』(2007年)作曲:デーヴィッド・カールソン、台本:コリン・グレアム

コミック

脚注

  1. ^ 藤沼貴『トルストイ』第三文明社・2009・366頁
  2. ^ 旧正書法による。現在の正書法では Русский Вестник
  3. ^ Anna Karenina Özet - Arabuloku” (トルコ語) (2023年8月4日). 2024年8月11日閲覧。
  4. ^ 『集英社 世界文学大事典3』集英社・1997・240、246頁
  5. ^ マーク・スローニム『ロシア文学史』新潮社・1976・324-325頁
  6. ^ ロマン・ロラン『トルストイの生涯』岩波文庫・1973・65頁
  7. ^ 金子幸彦『ロシア文学案内』岩波文庫・1976・170頁
  8. ^ 木村浩「解説」『アンナ・カレーニナ』新潮文庫・2005年・560-562頁
  9. ^ マーク・スローニム『ロシア文学史』新潮社・1976・309-313頁
  10. ^ 木村彰一『ロシア・ソヴェート文学史』中央公論社・1958・112-113頁
  11. ^ 木村浩「解説」『アンナ・カレーニナ』新潮文庫・2005年・562頁
  12. ^ マーク・スローニム『ロシア文学史』新潮社・1976・321-323頁
  13. ^ 藤沼貴『トルストイ』第三文明社・2009・376頁
  14. ^ 『ドストエフスキー全集15』河出書房新社・1973・231頁
  15. ^ 「『アンナ・カレーニナ』」『トーマス・マン全集 Ⅸ』新潮社、1979、505頁
  16. ^ 藤沼貴『トルストイ』第三文明社・2009・471頁
  17. ^ 桑原武夫『文学入門』岩波新書・1975・131、132頁
  18. ^ Zane,J.Peder(ed.),The Top Ten: Writers Pick Their Favorite Books,New York,London,2007

関連項目

外部リンク

英語版テキスト

ロシア語版テキスト




「アンナ・カレーニナ」の続きの解説一覧




アンナ・カレーニナと同じ種類の言葉


固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「アンナ・カレーニナ」の関連用語

アンナ・カレーニナのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



アンナ・カレーニナのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのアンナ・カレーニナ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS