遊牧国家とは? わかりやすく解説

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遊牧国家

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/12 23:36 UTC 版)

遊牧国家(ゆうぼくこっか)とは、遊牧民が支配階層を形成して組織された国家のこと。面的に広がる集約農耕の展開が困難ではあるが、遊牧による牧畜に適した乾燥地帯が広がる中央アジアイラン高原などに多く存在した。




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遊牧国家

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 20:32 UTC 版)

ソグド人」の記事における「遊牧国家」の解説

ソグド人東方への進出は、遊牧民族国家によって可能となった4世紀から7世紀わたって遊牧民大規模な移動起きて定住民と衝突し、やがて遊牧国家ができるとオアシス国家はその支配下に入る。オアシス国家のみの時代は、安全を保障する範囲隣接するオアシスまでにとどまっていたが、遊牧国家によって広い領域交通システム統一されると、多く政治権力の間を移動するのが容易になっていった遠距離交易には安全の保障不可欠であり、その恩恵受けたのがソグド人だった。ソグド商人商品情報提供し、遊牧国家は道中の安全を提供するという協力関係できあがり、遊牧国家が大規模になるにつれてソグド人活動範囲拡大した奄蔡康居 ソグド人についての中国最古の記録は、司馬遷の『史記』の巻一二三大宛列伝と、班固『漢書』である。これらの記録紀元前2世紀頃の中央アジア交易存在したことを表しており、安息パルティア)、大夏バクトリア)、大宛などの国家について書かれている大宛がどこを指すかについては、フェルガナソグディアナなどの説がある。ソグド人フェルガナからパルティアにかけての交易ルート活動する民族と書かれている前漢武帝の時代から、中国西域中央アジア)と通じるようになる当時中国は、遊牧民族匈奴対抗するための同盟者を必要としており、張騫使節団中央アジア訪れた中国史書では初めペルシアなどイラン系西方異民族胡人呼んだソグド人この中含まれており、商胡というのがそれにあたる。この頃ソグディアナ康居こうきょ)というシル川中域の小さな遊牧国家が支配していた。その西北にも奄蔡えんさい)という遊牧国家があり、ソグド人はこれらのもとで暮らしていた。中国中央アジアに絹を持ち込み、絹との交換食物などの必要物資入手したバクトリアパルティア外交手段中国から絹を入手できたが、ソグド人商業取り引きによって絹を手に入れるしかなかった。グレコ・バクトリア王国時代までは農業基盤としていたソグド人遠距離交易始めたのは、中国との接触きっかけとする説もある。シルクロード交易盛んになると、ソグド商人徐々にバクトリア商人に取って代わり4世紀以降東西交易主役となったソグド人商人シルクロード各所ソグド人コロニー形成し情報網張り巡らしたソグド人はこれによってシルクロード交易主導的な地位成していた。 粟特国・昭武九姓 ソグドとして中国史書登場するのは『魏書』の列伝第九十・西域であり、そこには粟特国(そくどくこく)と記されている。粟特国は漢の時代奄蔡呼ばれた地域にあたり康居西北大沢アラル海)沿いにあった北魏の時代には粟特国に商人多く涼州姑臧にまで商売来ていたという。この商人ソグド人だと思われるまた、康居である康国サマルカンド)をはじめとした国々いわゆる昭武九姓においてもソグド人健在だった甘粛ソグド人にとって中国への入り口にあたり5世紀以降大規模な移住続いた。ほかには漢人インド人暮らしており、ソグド人には古くから住んでいたインド・パルティア系やそれ以降移住した者がいた。ソグド人甘粛からテュルク族ステップ地域での交易進出した突厥回鶻 突厥可汗国によって中央ユーラシア統一されると、ソグド人中国からビザンツ帝国にいたる領域遠距離交易進出した中国北西部にはテュルク・ソグド人が定住し帝国の上や行政、軍事外交でも働いたこのためソグド語ソグド文字突厥公用語公用文字にもなった。ソグド文字テュルク語記録するために使われテュルク書記官ソグド語使いソグド文字テュルク語音韻に合うように変化していった。突厥に代わって回鶻ウイグル)が北方草原覇者となるとソグド人ウイグル人取り引きをした。ウイグルソグド人漢人都市居住させ、技術者書記として利用した。かつてのウイグル首都発見されカラバルガスン碑文は、ルーン文字ウイグル語ソグド文字漢文の3言語刻まれており、こうした技術者関係していたとされるハザール ハザール汗国西突厥の地に成立しビザンツ帝国へつながる交通路の上手に位置しており、9世紀10世紀交易要衝となる。ハザール国内外国商人保有しつつ領地拡大させてビザンツサーサーン朝領土から略奪利益得たビザンツ帝国向かったソグド商人ホラズム商人もこの地域通った推測されている。ロシア北東部カマ川発見され8世紀以前金銀器の45パーセント中央アジア経由運ばれており、ソグドホラズムのものも含まれている。北方民族中央アジア商人取り引きしていた可能性がある。

※この「遊牧国家」の解説は、「ソグド人」の解説の一部です。
「遊牧国家」を含む「ソグド人」の記事については、「ソグド人」の概要を参照ください。

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