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きょうど 【匈奴】

中国秦・漢代、モンゴル高原活躍した遊牧騎馬民族紀元前三世紀の末、冒頓単于(ぼくとつぜんう)が諸部族統一して北アジア最初遊牧国家建設最盛期迎えたが、漢の武帝のたびたびの征討衰え紀元後一世紀南北に分裂このうち北匈奴後漢に討たれ、西走。フン(族)はその子孫という説もある。


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匈奴

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/01/12 09:06 UTC 版)

匈奴単于国
葷粥
獫允
月氏
東胡
紀元前4世紀 - 93年 北匈奴
南匈奴
鮮卑
烏桓
匈奴の位置
紀元前250年、匈奴の版図
公用語 匈奴語
首都 代郡・雲中郡の北
単于
前209年 - 前174年 冒頓単于
前58年 - 前31年 呼韓邪単于
46年 - ??年 蒲奴
91年 - 93年 於除鞬
変遷
建国 紀元前4世紀
南北に分裂 48年
北匈奴の滅亡 93年
モンゴルの歴史
モンゴルの歴史
中国 モンゴル高原
獫狁 葷粥 山戎
月氏 匈奴 東胡
 
丁零 鮮卑
魏晋南北 高車 柔然
鉄勒 突厥
  東突厥
回鶻
五代 黠戛斯 達靼 契丹
北宋 ナイマン ケレイト
南宋 (乃蛮) (客烈亦) モンゴル
モンゴル帝国
大元
北元(韃靼)
ハルハ
中華民国 モンゴル国
中華人民
共和国
モンゴル人民共和国
モンゴル国

匈奴漢音:きょうど、呉音:くぬ、拼音:Xiōngnú)は、紀元前4世紀頃から5世紀にかけて中央ユーラシアに存在した遊牧民族および、それが中核になって興した遊牧国家紀元前209年 - 93年)。モンゴル高原を中心とした中央ユーラシア東部に一大勢力を築いた。

目次

名称

語源

「匈奴」というのは彼らの自称した(もしくは他称された)民族名の音訳と考えられており[1]、その語源については諸説ある。

  • 葷粥(くんいく)の古代音「ヒュエンツュク」からきているとする説[2]
  • 「匈奴(Chiung-nu)」という名称はその始祖である「淳維(Chiun-yü)」からきているとする説[3]。 ※ただし史記の説に従えば、四方に住む全ての異民族は夏の末裔となる、あくまで根拠の示されないお伽話であり信憑性は無い[4]
  • 「匈」「奴」ともに中国語における悪字で、匈は胸に通じ「匈匈」は喧騒・騒乱を意味する、奴も下に見た呼び方で、「匈奴」は騒乱を起こす連中の意、これを周・春秋戦国時代の北方民族の音写「葷粥」「胡貉」「昆夷」「玁狁」に当てたとする説[5]
  • 匈奴という族名はそのトーテム獣の名称であり、匈奴のトーテム獣はノヨン・オール(ノインウラ)匈奴王侯墳出土の縫込刺繍毛織物に見られる豕形奇獣がそうではないかとする説[6]

また、中国の史書にでてくる「匈奴河水」という河川名が匈奴の語源なのか、匈奴が割拠していたからついた河川名なのかは不明である。中国王朝は近隣の諸民族に対して蔑称を付けていたと考えられている。

読み

現在、「匈奴」は日本語の漢音で「きょうど」と読まれ、中国語では「ションヌゥ(Xiōngnú)」と読まれている。各国の読みも中国語に準じて「Xiongnu」としている。

しかし、これらはあくまで現在の読みであり、当時の発音は手掛かりがほとんど無いためわからない。これまで多くの研究者によって「匈奴」の原音の推測がされ、いくつもの仮説が存在する。

  • ドイツのG.Halounは古代中国語では「xbron-no」であったとした。
  • 白鳥庫吉は「奴(ヌ・ド)」の字が古代中国では「ナ」と発音され「Hu-na」・「Hun-na」であったとした[7]
  • 桑原鷺蔵は「Hunni」であったとした[8]

その他、欧ソの学者が断片的に様々な論考をした。

ここで、白鳥氏の「フナ(Hu-na)」説であるが、五胡十六国時代タリム盆地などにおいて、匈奴人(前趙)のことを「フン」と呼んでいたことや[9]、のちのフン族にしばしば結び付けられてきたこと(フン=匈奴説)、匈奴の別称「」は中国語で「フゥ(hú)」と発音することから、当時の読みが「フン」ないし「フナ」であった可能性が高いとする。そうなれば、5~6世紀に中央アジアに割拠したエフタルの別称「フーナ(Hūna)」,「フヨーン」や、サーサーン朝と戦った「キオン(ヒオン)」、ヨーロッパに侵入した「フン族」といったいわゆる「フーナ民族(en:Huna people)」の語源になった可能性もあるとしている。

民族・言語系統

そもそもの「匈奴」すなわち、攣鞮氏を中心とする屠各種族の民族系統については、『晋書』四夷伝に「代の薰鬻代の鬼方代の獫狁,漢代の匈奴」とあるように獫狁(けんいん),葷粥(くんいく)と呼ばれる部族が匈奴の前身である可能性が高い。しかしながら、獫狁,葷粥の民族系統がわからないため、それ以上さかのぼることができない。

言語系統については長い間論争が繰り広げられており、いまだに定説がない。古テュルク語モンゴル語・東胡語とよく似ているが異同があるため、近年はテュルク語モンゴル語と近縁の独自言語とする見解も広まっている。漢語(中国語)でなかったことは史書より知れる。


  1. ^ 音訳とする根拠は、各史書における表記の差異による。史書における表記には、恭奴(『漢書』匈奴伝)、凶奴(『蔡中郎集』黄鉞銘、『釈迦方志』巻上、『慈恩寺三蔵法師伝』、『三国史記』新羅紀)、兇奴(『大唐求法高僧伝』巻上)、胸奴(『塩鉄論』巻三十八)、降奴(『漢書』王莽伝)などがあり、類似の音を漢字で表記していることがわかる。
  2. ^ 林俊雄『スキタイと匈奴』講談社、2007年、182頁
  3. ^ ユリウス・クラプロートが『史記』『漢書』匈奴列伝の「匈奴は夏后淳維の子孫である」という記述をもとに提唱。
  4. ^ 『匈奴史稿』P117
  5. ^ 『匈奴史稿』P121
  6. ^ 内田吟風『北アジア史研究』
  7. ^ 『東西交渉史上より観たる遊牧民族』
  8. ^ 『張騫西征考』
  9. ^ オーレル・スタインの発見した『ソグド語古代書簡』より。<『シルクロードと唐帝国』p100>
  10. ^ しかし、これらの記述について小川琢治は『北支那先秦蕃族考』において後の『史記』における匈奴との関連を否定している。そして『史記』匈奴列伝,『後漢書』南匈奴伝では、匈奴の始祖は夏の一族である夏后氏の淳維であることが記されている。この記述を信頼すれば、匈奴は夏王朝の末裔であり、その意味では匈奴は夏人(中国人)である。『楽彦括地譜』でも、夏の桀王の子の獯粥が北野に避居し、随畜移動するようになったと記している。
  11. ^ 1970年代に発見された南シベリアのアルジャン古墳出土品の考古学的分析による。林俊雄『スキタイと匈奴』講談社、2007年、PP.78-86。P.120
  12. ^ 林俊雄『スキタイと匈奴』講談社、2007年、pp311-2。
  13. ^魏書』列伝第九十、『北史』列伝第八十五
  14. ^ ただし、実際にはこれは誇張・捏造された文化差という面もあり、中国も実際は覇者が天下を取り、また匈奴も必ずしも老人を卑しんでいたわけではない。
  15. ^ 岩村忍『文明の十字路=中央アジアの歴史』p39
  16. ^ 小松久雄『中央ユーラシア史』p52
  17. ^ 内田吟風『北アジア史研究 匈奴篇』において、踝(くるぶし)を押しつぶす刑であったとしている。


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