酵素ドリンク 歴史、概要

酵素ドリンク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/12 03:29 UTC 版)

歴史、概要

「酵素は食べ物から補う必要がある」とする説の多くは、1940年代後半にアメリカの医師エドワード・ハウエルが提唱した「酵素栄養学」が元になっており、1980年代に一般書として出版された[1][3][4][17]。日本でこれが広まったのは、新谷弘実医師が2005年のベストセラー内で、「酵素を食べて補う必要がある」と書いたことが影響していると考えられる[1][18][19]

酵素栄養学を要約すると次のようになる
「人間の体には全ての酵素の元となる『潜在酵素(ミラクルエンザイム)』があり、消化や代謝などに使っている。体の潜在酵素には限りがあり、減ると病気になったり老化が進む。そのため、生の食物から酵素を取り入れて、潜在酵素を使わないようにする必要がある」「添加物などの合成化合物は、潜在酵素を浪費して、老化や病気のもとになるので、なるべく摂らないようにしないといけない」「酵素は加熱すると死ぬので、生で食べることが大切」[1][3]

しかし、酵素は人間の細胞内で遺伝子塩基配列によって必要な時に必要な分が合成されるため、「生の食物から酵素を取り入れて」などと、酵素を栄養素扱いすること自体が間違っている[3]。医学には「潜在酵素」という考え方はなく、「体の酵素の量に限りがある」というのも事実ではない[3][1][4]。酵素は生き物ではなく触媒(化学反応を促すたんぱく質)であるため、加熱や胃の消化酵素で「失活する」(働きを失う)が「死ぬ」ことはない[9][5][3]。酵素と似た言葉の酵母は、微生物の仲間の真菌類であり「生きている」[3]

「生の食べ物に含まれる酵素で消化吸収がよくなり、胃腸の負担が軽減ができる」という主張については、むしろ加熱調理をした料理の方が消化吸収が良くなり胃や腸に負担をかけない[1][3][4]。人は、火を使って調理をすることで、食べ物の安全性と消化性を高めてきた[9][2]。食べ物を生で摂取することにはアレルギー寄生虫病原菌によるリスクがあり、衛生面に十分に注意しなければ腐敗する[9][3]

酵素栄養学は、プチ断食のベースにもなっている[3]。酵素栄養学では、朝食は断食して排泄の時間にあて、昼はたっぷり食べて、夜はひかえめにすることで、免疫力がアップして、ほとんどの不調が消えると主張している[3]

2011年の福島第一原子力発電所事故後から、クックパッドで「酵素」を含むレシピが急増し、「免疫力」「毒出し」「デトックス」「腸内洗浄」などの疑似科学的な健康法と結びついていた[9]

2017年までの10年間、酵素・酵母食品市場は「プチ断食」などによる健康維持や体質改善などを目的としたユーザーに支えられて成長し続けていたが、2018年は競争激化による商品淘汰やインバウンド需要の落ち着き、行政から景品表示法違反による措置命令が相次いだことなどを理由に停滞した[20]。2018年の酵素・酵母食品市場は、前年から3%減の505億円だった[20]

商品名に「酵素」という用語が用いられている「いわゆる酵素食品」には、酵素ドリンクと呼ばれる液状や、水などに溶解して飲用する粉末状、サプリメントのような錠剤やカプセル状、ペースト状やゼリー状などの様々な形状が存在する[4]。商品の広告は、薬機法違反にならないよう直接的に効能を謳っていないが、「酵素の減少と加齢相関関係がある」ことを示し、「酵素の減少が諸症状の原因である」ことをほのめかして、消費者を誤解させている[19]。高齢者の体内の酵素は若者より少ないが、これは加齢に伴い酵素を合成する能力が衰えるためと考えられ、酵素不足が加齢の原因なのではない[19]。また、酵素不足が諸症状の原因であるという科学的根拠はなく、そもそも口から酵素を補給しても、細かくアミノ酸に分解され、そのまま体に吸収されるわけではない[19]

研究例

2003年に岡山県立大学が行ったIn vitro(試験管内で)の研究では、植物発酵エキスは多種多様な植物性原料由来のエキスを乳酸菌や酵母により発酵することで、長期保存が可能で、さまざまな微量栄養素を補給できる可能性が示唆された[6]

2018年に福岡工業大学が行ったラットの研究では、「酵素食品に含まれる食物繊維ポリフェノールなどの成分が、健康に良い影響を与える可能性」が示唆された[4]。この論文では、「生の食材に含まれる酵素を摂取することで、消化酵素を補給できて疾病予防になるなどの非科学的な情報が散見される」「そもそも酵素はタンパク質であり、消化の際に分解されるため、生体内でそのまま酵素として作用するとは考えにくい」「『酵素栄養学』は科学的根拠に乏しいにもかかわらず、是正させていない現状は極めて重大な問題である」と指摘している[4]


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  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u 桑満おさむ『“意識高い系"がハマる「ニセ医学」が危ない! 第2章「酵素」「デットクス」と聞いたら要注意!』扶桑社、2019年9月27日。ISBN 978-4594083052 
  4. ^ a b c d e f g h i j 長谷(田丸)靜香, 奥野ちひろ, 宮脇里菜, 井上和也, 田中一成, 宮野原聖一「いわゆる「酵素食品」の有用性評価」『福岡工業大学総合研究機構研究所所報』第1巻、福岡工業大学総合研究機構エレクトロニクス研究所、2018年、81-87頁、hdl:11478/1208ISSN 24345725CRID 15208538348569681922023年6月27日閲覧 
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  8. ^ a b c 中村宜督『食品でひく 機能性成分の事典』女子栄養大学出版部、2022年7月28日、40-41「発酵食品は体によい?」頁。ISBN 978-4789509268 
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  19. ^ a b c d NATROM『「ニセ医学」に騙されないために』メタモル出版、2014年6月25日、174-178「酵素を補うべきか?」頁。ISBN 978-4895958646 
  20. ^ a b 特集【酵素・酵母食品】市場規模、500億円台を堅持 | 健康産業新聞”. www.kenko-media.com (2020年3月4日). 2020年3月9日閲覧。
  21. ^ Jayabalan, Rasu (21 June 2014). “A Review on Kombucha Tea—Microbiology, Composition, Fermentation, Beneficial Effects, Toxicity, and Tea Fungus”. Comprehensive Reviews in Food Science and Food Safety 13 (4): 538-550. doi:10.1111/1541-4337.12073. PMID 33412713. 
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