志摩地方 交通

志摩地方

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/18 23:28 UTC 版)

交通

南伊勢町以南の東紀州地方と志摩地方はいずれの地域も人口が少ないため往来が少ない。西方は山地であるため、通行が困難な藤坂峠などの山岳路があるのみである。東方は海であるため海路のみとなるが、志摩地方から地域外への定期航路は伊勢湾フェリーのみである。以上より志摩地方から陸路で移動する場合は、多くの場合が北方への移動となる。三重県の県庁所在地津市や、名古屋大阪東京などに向かう場合は、北方の伊勢市または度会郡度会町を経由する必要がある。大阪はほぼ西方にあたるが、紀伊山地に阻まれ道路も鉄道もないため、まず北方に移動する必要がある。東京方面へは鳥羽市から伊勢湾フェリーで伊良湖港へ渡ることも可能である。距離的には紀伊半島を南に回る方が近い和歌山県北部への移動の場合でも交通網が整備された北回りの方が早いため、志摩地方からの移動の大部分は伊勢市などを経由することになる。

鉄道

鳥羽市までは1911年7月に参宮線が、鳥羽から志摩市賢島までは1929年に志摩電気鉄道(現在の近鉄志摩線)が単線で開通したが、前島(さきしま)半島と南伊勢町に旅客鉄道が通ることはなかった。(南伊勢町には国鉄南島線計画が存在した。)志摩電気鉄道は鳥羽駅で参宮線に接続されているだけであったため、1970年に近鉄鳥羽線が開通し、他の近鉄線と直結するまでは乗り継ぎが必要であった。志摩線は1986年から複線化が進められたが、全線24.5kmのうち4.3kmの単線区間が2021年現在でも残っている。北川正恭が三重県知事時代に三重新幹線構想東京 - 名古屋 - 鳥羽)を提起したことがあるが、実現していない。

南伊勢町の旧南島町では国見山石灰鉱業株式会社の石灰鉱山から港までトロッコが運用されていたため、国道260号に踏み切りが設置されていた。この鉱山は1934年(昭和9年)に大阪セメント株式会社により開かれ、昭和54年6月に国見山石灰鉱業株式会社に譲り渡された。1985年(昭和60年)には51名の従業員により564,000トンの石灰石が船に積込まれた。

一般道路

道路に関しては山がちであることと、伊勢神宮の神域と接する地理的制限のため、整備が遅れた。

志摩市磯部町

志摩市磯部町(当時の志摩郡磯部町)から北方にあたる名古屋・大阪方面への自動車が通行可能な道路は、技術的・政治的に容易な鳥羽市を経由する現在の国道167号線にあたる鳥羽道の整備が開始されたのが1949年(昭和24年)で、1953年(昭和28年)5月に国道に指定された後も整備が続けられ、全線が片側1車線の舗装道路となったのは1965年(昭和40年)であった。最短コースは神域の島路山を縦断する必要があることと、計画を立てた後に日露戦争日中戦争が始まり調査が2回中止になったことから整備が遅れた。1965年(昭和40年)に伊勢道路が開通したが、1985年(昭和60年)までの20年間は有料であった。

志摩市東部

国道167号と伊勢道路はいずれも磯部町を経由するため、前島半島から鳥羽方面への道路の整備が望まれた結果パールロードが1976年に全線開通となったが、この道路も30年間は有料とされ、全線が無料となったのは2006年のことである。

南伊勢町五ヶ所浦

三重県道12号剣峠

南伊勢町五ヶ所浦から伊勢市への道路は、伊勢神宮の神域を迂回するサニーロード(三重県道玉城南勢線)が1984年(昭和59年)に開通するまでは、九十九折りの難所で知られる剣峠を経由する三重県道12号伊勢南勢線のみであった。三重県道12号は神域の神路山を縦断する道路であるため整備が遅れ、全面が舗装道路となったのが1970年代以降であった。2006年現在でもほぼ全線が幅員3m程度の通行困難な道路であり、大型車は通行禁止である。サニーロードが開通するまでは伊勢道路を経由するのが一般的であったため、南伊勢町は旧伊勢国であったが、旧志摩国の志摩市と深い関係を持つようになった。

南伊勢町旧南島町

三重県道22号旧野見坂トンネル

南伊勢町のうち旧南島町道方から伊勢方面への大型車が通行可能な道路は、能見坂峠を経由する三重県道22号南島線のみである。南島線は度会郡度会町南中村より北方は小さい起伏が続く程度であるが、度会町との境になる能見坂峠は剣峠ほどではないものの、いずれの側からも九十九折りであった。峠にある野見坂トンネルは御木本幸吉の資金援助により1928年(昭和3年)に作られた。トンネルの幅員が3.7mと狭いなど、小型乗用車がすれ違うのが困難な場所があるといった状況が長らく続いていたが、2002年(平成14年)に九十九折り区間より低所に新トンネルが開通し、大型車の通行が容易になると同時に約10分の時間短縮となった。

高速道路

2021年現在では志摩地方には高速道路は通っていない。自動車専用道路伊勢二見鳥羽有料道路も鳥羽市近くの伊勢市内までであり、高速道路を利用するためには伊勢二見鳥羽有料道路二見浦出入口または伊勢市の伊勢自動車道伊勢IC、あるいは伊勢市と度会町を経由した上で度会郡玉城町伊勢自動車道玉城ICまで一般道路を通行する必要がある。 2013年に、鳥羽南・白木インターチェンジから松下ジャンクションを繋ぐ第二伊勢道路が開通し、高速道路へのアクセスが改善された。

海路

志摩地方の島は無人島が多いが、有人島が3つあるため海路は重要である。有人島のうち賢島は本州と橋で繋がっている。

御座 - 賢島

陸続きであっても前島半島先端の御座から賢島(かしこじま)または浜島へは海路が有利であるため、2006年現在でも近鉄系の志摩マリンレジャーによる定期船が毎日5便、夏季繁忙期には11便のほか、和具と賢島間で毎日18便が運航されている。

渡鹿野島

的矢湾に浮かぶ渡鹿野島(わたかのじま)へ島内のホテルの送迎船のほか、有料の渡し舟が運航されている。

志摩市磯部町的矢地区から三ヶ所地区は三重県道750号阿児磯部鳥羽線になっており、三重県が志摩市に委託し、無料の県道船の定期便が1日6便運航されているほか、待機時間中の随時運航が1日20便程度運航されている。両地区への間に位置する渡鹿野島が県道船の航路に含まれており、渡鹿野島より的矢地区の的矢小学校への通学に利用されていた。

間崎島

英虞湾に浮かぶ間崎島(まさきじま)には主に真珠養殖を営む人が住んでいる。間崎島の間崎港と、本州の和具港へ1日9便、賢島港へ1日9便が志摩マリンレジャーにより運航されている(いずれも2006年現在)。

航空路

1960年代前半には水上飛行機(飛行艇)を使用した航空路線が存在した。1960年に日東航空名古屋 - 志摩 - 串本 - 白浜 - 大阪を結ぶ「紀伊半島一周路線」を開設し、名古屋とは35分で結んでいた。1961年には中日本航空が名古屋 - 志摩 - 串本線を開設した。日東航空は賢島付近、中日本航空は的矢湾に発着していた[1]。 


  1. ^ 『日本のエアポート04 東海3空港』2011年11月、イカロス出版、pp.146-147
  2. ^ 暖かさのPRとして「賢島では1月に菜の花が咲く」という宣伝が行われる。
  3. ^ 海風の影響もある。
  4. ^ 気象庁|過去の気象データ検索”. 2014年12月26日閲覧。
  5. ^ 気象庁|過去の気象データ検索”. 2014年12月26日閲覧。
  6. ^ 菊地(1970):244ページ
  7. ^ a b 南勢町誌編さん委員会 編 1985, p. 373.
  8. ^ 千葉 1964, pp. 451–452.
  9. ^ a b c 千葉 1964, p. 454.
  10. ^ 中野 1971, p. 90.
  11. ^ それでも鳥羽藩は志摩の領国内で年貢米が賄えず、伊勢国や三河国の領地からも取り立てた。
  12. ^ 地元では「五ヶ所みかん」(マルゴみかん)や「磯部みかん」など、産地を冠して呼ばれる。
  13. ^ 織田・林屋 編 1974, p. 218.
  14. ^ a b 織田・林屋 編 1974, p. 224.
  15. ^ 織田・林屋 編 1974, p. 225.
  16. ^ 三重県統計調査チーム『平成12年版 三重県勢要覧』より引用
  17. ^ 使用したデータが平成の大合併以前のため記載
  18. ^ 伊勢志摩きらり千選実行グループ. “恵利原早餅搗”. 財団法人伊勢志摩国立公園協会. 2014年1月12日閲覧。
  19. ^ さわもち”. 伊勢志摩きらり千選. 伊勢志摩きらり千選実行グループ. 2018年3月5日閲覧。
  20. ^ a b みんなで、活かそう!守ろう!三重の文化財・答志寝屋子制度
  21. ^ 答志島の寝屋子制度 2.答志地区の寝屋子制度の変遷 内山淳子(日本生涯教育学会『生涯学習研究e辞典』内)
  22. ^ 千葉 1964, pp. 453–454.
  23. ^ 織田・林屋 編 1974, p. 229.
  24. ^ 織田・林屋 編 1974, pp. 229–230.
  25. ^ a b るるぶ社関西編集部 2000, p. 70.
  26. ^ 千葉 1964, p. 449.
  27. ^ 三重県総合教育センター 編 1980, pp. 1185–1186.
  28. ^ 三重県総合教育センター 編 1980, p. 1177.
  29. ^ a b 三重県総合教育センター 編 1981, pp. 483–484, 1012–1013.
  30. ^ 三重県総合教育センター 編 1981, p. 1011.
  31. ^ 三重県総合教育センター 編 1982, p. 645.
  32. ^ 三重県総合教育センター 編 1982, pp. 646, 651–652.
  33. ^ 三重県総合教育センター 編 1982, p. 654, 1033.
  34. ^ 志摩市の伊勢志摩カントリークラブロイヤルコース・近鉄賢島カンツリークラブ・近鉄浜島カンツリークラブ・合歓の郷ゴルフクラブを指す。
  35. ^ 中でも国府白浜御座白浜海水浴場が著名である。
  36. ^ 鳥羽水族館(鳥羽市)と伊勢夫婦岩ふれあい水族館シーパラダイス(伊勢市)。志摩マリンランド(志摩市)は2021年3月に休館。





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