弘前学院聖愛中学高等学校
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/23 04:16 UTC 版)
著名な関係者
- 本多庸一 - 弘前教会牧師。来徳女学校・弘前遺愛女学校の開学に尽力した[1][3]。
- メアリー・ハンプトン - 遺愛女学校第2代校長。本多庸一と共に本学の開設に尽力した[1][3]。弘前女学校の校長も務めた[6]。
- 本多貞 - 本多庸一の妻。婚前名:長嶺貞。盛岡藩士族長嶺忠司の二女として生まれ、東京女子師範学校(現 お茶の水女子大学)で学び[7]、遺愛女学校で教師を務めた[8]。後、弘前女学校において教頭を務めた[9]。
著名な出身者
芸能
スポーツ
系列校
関連項目
- 青森県中学校一覧
- 青森県高等学校一覧
- 高等女学校
- 旧制中等教育学校の一覧 (青森県)
- 小説『青い山脈』の登場人物が通う海光女学校のモデルといわれる[10]。
- 『ふらいんぐうぃっち』 - 石塚千尋による漫画。主人公の通う高校のモデルとされている。
参考文献
- “聖愛の歴史: 弘前学院聖愛中学高等学校公式ホームページ”. 2023年10月2日閲覧。
外部リンク
- ^ a b c d e f 公式ホームページ.
- ^ “広瀬院長の弘前ブログ”. 2014年4月26日閲覧。
- ^ a b c “聖愛の歴史 pdf資料”. 2014年5月3日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “聖愛が初の甲子園” (pdf). 東奥日報 インターネット号外. p. 1 (2013年7月23日). 2013年7月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年7月23日閲覧。
- ^ “聖愛が初の甲子園” (pdf). 東奥日報 インターネット号外. p. 2 (2013年7月23日). 2013年7月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年7月23日閲覧。
- ^ 安田寛, 北原かな子「弘前女学校の音楽教育」『弘前大学教育学部紀要』第82号、弘前大学教育学部、1999年10月、87-95頁、CRID 1050001202550282624、hdl:10129/1567、ISSN 0439-1713、NAID 110000322293。
- ^ “お茶の水女子大学デジタルアーカイブズ, 小学師範科卒業生アルバム, 番号:g_ph188107-0006”. 2014年5月25日閲覧。
- ^ 安田寛, 北原かな子「弘前と遺愛女学校の音楽教育」『弘前大学教育学部紀要』第80号、弘前大学教育学部、1998年10月、37-47頁、CRID 1050282677533057664、hdl:10129/1566、ISSN 0439-1713、NAID 110000322262。
- ^ 安田寛, 北原かな子「弘前女学校の音楽教育」『弘前大学教育学部紀要』第82号、弘前大学教育学部、1999年10月、87-95頁、CRID 1050001202550282624、hdl:10129/1567、ISSN 0439-1713、NAID 110000322293。
- ^ 『石坂洋次郎』人と文学シリーズ 現代日本文学アルバム、学研、1980年、22頁。
固有名詞の分類
私立中高一貫校 |
山梨英和中学校・高等学校 日本工業大学駒場中学校・高等学校 弘前学院聖愛中学高等学校 文華女子中学校・高等学校 延岡学園高等学校 |
青森県の私立高等学校 |
光星学院高等学校 東奥義塾高等学校 千葉学園高等学校 東奥学園高等学校 弘前学院聖愛中学高等学校 |
- 弘前学院聖愛中学高等学校のページへのリンク