力 (物理学)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/28 09:03 UTC 版)
本項ではまず、古代の自然哲学における力の扱いから始め近世に確立された「ニュートン力学」や、古典物理学における力学、すなわち古典力学の発展といった歴史について述べる。
次に歴史から離れ、現在の一般的視点から古典力学における力について説明し、その後に古典力学と対置される量子力学について少し触れる。
最後に、力の概念について時折なされてきた、「形而上的である」といったような批判などについて、その重要さもあり、項を改めて扱う。
歴史
自然哲学において、力という概念は、何かに内在すると想定されている場合と、外から影響を及ぼすと想定されている場合がある。古代より思索が重ねられてきた。
古代
プラトンは物質はプシュケーを持ち運動を引き起こすと考え、デュナミスという言葉に他者へ働きかける力と他者から何かを受け取る力という意味を持たせた。
アリストテレスは『自然学』という書を著したが、物質の本性を因とする自然な運動と、物質に外から強制的な力が働く運動を区別した。
アラビアの自然哲学者ら(アラビア科学)の中にはピロポノスの考えを継承する者もいた。
ルネサンス以降
14世紀のビュリダンは、物自体に impetus(インペトゥス、いきおい)が込められているとして、それによって物の運動を説明した。これをインペトゥス理論と言う。
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ベルギー出身のオランダ人工学者シモン・ステヴィン (Simon Stevin、1548 — 1620) は力の合成と分解を正しく扱った人物として有名である。1586年に出版した著書 "De Beghinselen Der Weeghconst " の中でステヴィンは斜面の問題について考察し、「ステヴィンの機械」と呼ばれる架空の永久機関が実際には動作しないことを示した[注 1]。つまり、どのような斜面に対しても斜面の頂点において力の釣り合いが保たれるには力の平行四辺形の法則が成り立っていなければならないことを見出したのである。
力の合成と分解の規則は、ステヴィンが最初に発見したものではなく、それ以前にもそれ以後にも様々な状況や立場で論じられている。同時代の発見として有名なものとしてガリレオ・ガリレイの理論がある。ガリレオは斜面の問題がてこなどの他の機械の問題に置き換えられることを見出した。
その後、フランスの数学者、天文学者であるフィリップ・ド・ラ・イール (1640 — 1718) は数学的な形式を整え、力をベクトルとして表すようになった[注 2]。
ルネ・デカルトは渦動説 (Cartesian Vortex) を唱え、「空間には隙間なく目に見えない何かが満ちており、物が移動すると渦が生じている 」とし、物体はエーテルの渦によって動かされていると説明した[4][5]。
ニュートン力学
現代の力学に通じる考え方を体系化した人物として、しばしばアイザック・ニュートンが挙げられる。ニュートンはガリレオ・ガリレイの動力学も学んでいた。またデカルトの著書を読み、その渦動説についても知っていた(ただしこの渦動説の内容については批判的に見ていた)。
ニュートンは1665年から1666年にかけて数学や自然科学について多くの結果を得た。特に物体の運動について、力の平行四辺形の法則を発見している。この結果は後に『自然哲学の数学的諸原理』(プリンキピア、1687年刊)の中で運動の第2法則を用いて説明されている[6]。
ニュートンはその著書『自然哲学の数学的諸原理』において、運動量 (quantity of motion) を物体の速度と質量 (quantity of matter) の積として定義し、運動の法則について述べている。ニュートンの運動の第2法則は「運動の変化は物体に与えられた力に比例し、その方向は与えられた力の向きに生じる 」というもので、これは現代的には以下のように定式化される。
ここで dp/dt は物体が持つ運動量 p の時間微分、F は物体にかかる力を表す。このニュートンの第2法則は、第1法則が成り立つ慣性系において成り立つ。
ニュートン自身は第2法則を微分を用いた形式では述べていない。運動の変化 (alteration of motion) を運動量の変化と解釈するなら、それは力積に相当する。
熱力学
エネルギーと力
熱力学が形成される19世紀前半までは、現在のエネルギーに相当する概念が力(羅: vis, 英: force, 独: Kraft)と呼ばれていた。 たとえば、ルドルフ・クラウジウスは1850年の論文 ,,Über die bewegende Kraft der Wärme "[7]で熱力学第一法則について述べているが、Kraft という語を用いているし、その英訳でも Force が用いられている。
現在の運動エネルギーに対応する概念について、1676年から1689年の頃にゴットフリート・ライプニッツは vis viva と名付けた。これは当時の運動に関する保存則の議論の中で、保存量として提案されたものである。
1807年に、トマス・ヤングは vis viva にあたる概念をエネルギーと名付けたが、直ぐ様それが一般に用いられることはなかった。 力学の言葉として運動エネルギーやポテンシャル・エネルギーが定義されるのは1850年以降のことで、運動エネルギーは1850年頃にウィリアム・トムソンによって、位置エネルギーは1853年にウィリアム・ランキンによってそれぞれ定義されている[8]。
注釈
- ^ ステヴィンによるこの問題の証明は Epitaph of Stevinus (ステウィヌスの碑)と呼ばれる。Stevinus はステヴィンのラテン語名。
- ^ ただし現在用いられるベクトルの記法が発達したのは19世紀以降である[3]。
- ^ a b 太字の変数はベクトル量を表す。
- ^ 力、質量、加速度の順序や記号は単に慣習的なものであり、文献によって様々な表現がある。例えば ma = F のように書かれている文献も数多くある。いずれにせよ、数学上あるいは物理学上の意味は同じである。
- ^ 古典力学のうち、非相対論的な力学をニュートン力学と呼ぶ。ただし文献によっては古典力学に相対論を含めないものもある。
- ^ この運動量は四元運動量の空間成分である。
- ^ 科学技術分野で一般的な国際単位系では質量の基本単位はキログラムである。従ってこの場合の単位質量は 1 kg となる。ヤード・ポンド法では質量の基本単位はポンドとなるため、単位質量は 1 lb となる。
- ^ 記号に対する上付きの添字はその量のベキを表す。たとえば A2 は A × A を意味する。負数のベキは逆数のベキを表し、たとえば B−2 は 1/B × 1/B、つまり 1/B×B を意味する。折衷的な表現として B−2 を 1/B2 と表すこともしばしばある。
- ^ 作用点はまた着力点とも呼ばれる[13]。
- ^ 関数 f(u) のベクトル u による微分は、ベクトル u の各成分 ui, i = 1, 2, ..., d に対する偏導関数 ∂f/∂ui を成分に持つベクトル (∂f/∂u1, ∂f/∂u2, ..., ∂f/∂ud)、つまり勾配を与える。
- ^ ここで (t) は関数 q(t) の t による微分を表す。この微分の記法はニュートンの記法と呼ばれる。
- ^ この記法はあまり一般的ではない。一般化力を表す記号としてはしばしば Q が用いられる。
出典
- ^ a b c 培風館物理学三訂版 2005, 【力】.
- ^ 小出 1997, p. 18.
- ^ 湯川 1975, pp. 58–62.
- ^ Barbour 2001.
- ^ 内井 2006.
- ^ Newton's Mathematical Principles of Natural Philosophy, Axioms or Laws of Motion, Corollary I. ウィキソース。
- ^ Clausius 1850.
- ^ Rankine 1853.
- ^ 江沢 2005, p. 91.
- ^ 新井 2003, pp. 151–152.
- ^ 新井 2003, p. 152.
- ^ a b 江沢 2005, p. 7.
- ^ a b 新井 2003, p. 150.
- ^ a b c 新井 2003, p. 151.
- ^ ランダウ & リフシッツ 1974, pp. 17–18.
- ^ ランダウ & リフシッツ 1974, pp. 18–19.
- ^ 江沢 2005, p. 9.
- ^ 江沢 2005, p. 6.
- ^ a b 江沢 2005, p. 62.
- ^ a b 江沢 2005, pp. 4–6.
- ^ 巽 1982, pp. 33–31.
- ^ Ferziger & Perić 2003, p. 5.
- ^ a b 京谷 2008, p. 31.
- ^ 今井 1997, p. 13.
- ^ "Any external agent that causes a change in the motion of a free body, or that causes stress in a fixed body." Glossary - Earth Observatory, NASA
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