ジハード ウンマ(イスラーム共同体)の歴史とジハード

Weblio 辞書 > 同じ種類の言葉 > 人文 > 概念 > 行為 > ジハードの解説 > ウンマ(イスラーム共同体)の歴史とジハード 

ジハード

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/12/22 14:12 UTC 版)

ウンマ(イスラーム共同体)の歴史とジハード

イスラームとならび「世界宗教」と称される仏教キリスト教と比較した際の、イスラーム教の極だった特徴としては、政教一体の宗教共同体の存在があげられる[8]。この宗教は、単なる個人的・内面的な信仰体系というにとどまらず、むしろひとつの確固たる共同体そのもの、ないし共同体的生活の全体なのであり、また、それを支える固有の法律政府社会制度を内的に規定しているのである[8]。そして、預言者としてムスリムを指導したムハンマドは、ユダヤ教キリスト教の預言者や宗教指導者にもまして、「神の道」にもとづく理想の国ウンマを建設しようという情熱と意欲に満ちあふれていた[9]

ジャーヒリーヤ時代」(無知の時代、無明の時代)すなわちイスラーム成立以前のアラビア半島では、それぞれの部族は、血縁にもとづく連帯意識の強弱が各部族の命運を左右しており、人間の欲望にもとづく闘争(キタール)が繰り広げられていた[5]。しかし、それはきびしい砂漠気候のなかでは自殺行為であった。イスラームは、この連帯意識を血族意識を基本としたものから「アッラーへの絶対帰依」という超血族意識を根幹としたものへと変革させたのであり、その変革の試みが成功したために世界宗教として歴史の表舞台に登場したということができる[5]。血族的でない連帯意識を支えた「信仰生活」そのものは、血族意識にくらべればきわめて曖昧なものであり、それゆえ、唯一神アッラーから「六信五行」というシステムを平等に受け、日月や時間さえも同一にして、見えるかたちでの連帯意識・同胞意識の醸成を毎日はかることとしたのである。ジハードとは、こうして形成された宗教共同体を守ろうとする実践的な営為なのである[5]

イスラーム共同体の歴史は、それゆえ、ムハンマドの時代から現代にいたるまで、『クルアーン』のジハードに関する教えをその枠組みとして見てゆくことができる[3]。『クルアーン』第49章「部屋の章」15節[クルアーン 1] には、

本当に信者とは、一途にアッラーとその使徒を信じる者たちで、疑いを持つことなく、アッラーの道のために、財産と生命とを捧げて奮闘努力する者である。これらの者こそ真の信者である。

とあり、「ジハード」とはしたがって、ムスリムのあるべき姿を述べた、イスラームの代表的な言葉でもある[5]

『クルアーン』におけるジハードの教えは、ムスリムの人びとの自己認識、そして、唯一神アッラーを敬う心、共同体の動員・拡大・防衛などの諸点において、根本的に重要なものである[3]。それは、ひとりの人間として善き人生を送ることは決して容易なことではなく、また、決して単純なことでもないという認識や思念に関わってくるからである[3]。「神の道」にかなうような、道徳的で高潔な人となるためには、自らの内面に潜むと戦い、善行によって社会の改善に資するよう、真剣に奮闘努力しなければならない[3]

それにまた、ジハードは、その人の置かれた環境によっては、不正や抑圧に対する戦いという意味をもつこととなり、宣教と説得によって、また場合によっては、必要に応じては武器をとり、「聖なる戦い」を繰り広げることによって正しい社会をつくらなければならないという考えと結びつくのである[3]


注釈

  1. ^ 「聖戦」に相当する用法としては、『クルアーン』第9章第81節に「居残り組の者どもは、アッラーの使徒が(出征した)後に残されて大喜び。もともと、彼らとしては、己が財産と生命を擲ってアッラーの道に闘うのは嫌だと思っていた」の「闘う」の部分にジハードの動詞形の三人称複数活用形“yujāhidū"が用いられている。
  2. ^ ムハンマドは「ジハードをし、開放せよ。断食し、健康を得よ。旅に出て儲けよ」と述べている。アラブ・イスラーム学院「ラマダーンQ&A 」
  3. ^ 「しかしもし向こうが止めたなら、(汝等も)害意を捨てねばならぬぞ、悪心抜き難き者どもだけは別として」
  4. ^ ただし、現実のイスラーム社会では、一回の休戦協定は10年以上の効力を有さないと考える法学者が多数派を占め、もし、その地に恒久的和平を確立していこうとするならば、条約の適宜更新が必要である。
  5. ^ 『クルアーン』第9章第5節には「だが、(4か月の)神聖月があけたなら、多神教徒は見つけ次第、殺してしまうが良い。ひっ捉え、追い込み、いたるところに伏兵を置いて待ち伏せよ。しかし、もし彼等が改悛し、礼拝の務めを果たし、喜捨も喜んで出すようなら、その時は遁がしてやるがよい」という文言、また第9章29節に「アッラーも、終末の日をも信じない者たちと戦え。またアッラーと使徒から、禁じられたことを守らず、啓典を受けていながら真理の教えを認めない者たちには、かれらが進んで税(ジズヤ)を納め、屈服するまで戦え」という文言があるように、当初、ムスリムとの戦いに敗れた多神教の信者は死か、改宗か、もしくは貢税を求められた。それに対し、「啓典の民」は服従と納税が強制された。また、「啓典の民」はのちに拡大解釈が行われ、特にペルシャや南アジアの諸地域では、ゾロアスター教ヒンドゥー教仏教を奉じる人びとまで一神教を奉じる民と同様に扱われるようになった。
  6. ^ 『クルアーン』第8章15節「信仰する者よ、あなたがたが不信者の進撃に会う時は、決してかれらに背を向けてはならない」、および16節、「その日かれらに背を向ける者は、作戦上または(味方の)軍に合流するための外、必ずアッラーの怒りを被り、その住まいは地獄である。何と悪い帰り所であることよ」。
  7. ^ ジハードにおける献身をたたえ、その忌避を戒める『クルアーン』の章句は、第47章4節「あなたがたが不信心な者と(戦場で)見える時は、(かれらの)首を打ち切れ。かれらの多くを殺すまで(戦い)、(捕虜には)縄をしっかりかけなさい。その後は戦いが終るまで情けを施して放すか、または身代金を取るなりせよ。もしアッラーが御望みなら、きっと(御自分で)かれらに報復されよう。だがかれは、あなたがたを互いに試みるために(戦いを命じられる)。およそアッラーの道のために戦死した者には、決してその行いを虚しいものになされない」、および第48章16節「あと居残った砂漠のアラブたちに言ってやるがいい。『今にあなたがたは、強大な勇武の民に対して(戦うために)召集されよう。あなたがたが戦い抜くのか、またはかれらが服従するかのいずれかである。だがこの命令に従えば、アッラーは見事な報奨をあなたがたに与えよう。だがもし以前背いたように背き去るならば、かれは痛ましい懲罰であなたがたを処罰されよう』」などもある。
  8. ^ 『クルアーン』第56章10節から24節「(信仰の)先頭に立つ者は、(楽園においても)先頭に立ち、これらの者(先頭に立つ者)は、(アッラーの)側近にはべり、至福の楽園の中に(住む)。昔からの者が多数で、後世の者は僅かである。(かれらはの織物を)敷いた寝床の上に、向い合ってそれに寄り掛かる。永遠の(若さを保つ)少年たちがかれらの間を巡り、(手に手に)高坏や(輝く)水差し、汲立の飲物盃(を捧げる)。かれらは、それで後の障を残さず、泥酔することもない。また果実は、かれらの選ぶに任せ、種々の鳥の肉は、かれらの好みのまま。大きい輝くまなざしの、美しい乙女は、丁度秘蔵の真珠のよう。(これらは)かれらの行いに対する報奨である」および56章27節から40節「右手の仲間、右手の仲間とは何であろう。(かれらは)刺のないスィドラの木、累々と実るタルフ木(の中に住み)、長く伸びる木陰の、絶え間なく流れる水の間で、豊かな果物が絶えることなく、禁じられることもなく(取り放題)。高く上げられた(位階の)臥所に(着く)。本当にわれは、かれら(の配偶として乙女)を特別に創り、かの女らを(永遠に汚れない)処女にした。愛しい、同じ年配の者。(これらは)右手の仲間のためである。昔の者が大勢いるが、後世の者も多い」。先頭のものとは最良のムスリム、右手の者とは一般のムスリムのことである。
  9. ^ 報道によれば、少年を勧誘するに当たり、「殉教すれば天国で72人の処女とセックスができる」と説いていた。[1] 朝日新聞「14歳が自爆テロ未遂、報酬2400円 パレスチナ」

参照

  1. ^ a b c 塚田 紀史 (2015年3月28日). “イスラム教徒は、好戦的でも排他的でもない 中田考氏にイスラム教徒の死生観を聞く” (日本語). 東洋経済オンライン. https://toyokeizai.net/articles/-/64017 2020年9月23日閲覧。 
  2. ^ JIIA -日本国際問題研究所-研究活動”. www2.jiia.or.jp. 2021年8月27日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z エスポジト(2009)pp.198-200
  4. ^ 平凡社 2019a, p. ジハード.
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 渥美(1999)pp.287-291
  6. ^ 竹下 2019, p. ジハード.
  7. ^ a b 平凡社 2019b, p. ジハード.
  8. ^ a b 岩村(1975)pp.219-221
  9. ^ 藤本(1971)p.186
  10. ^ 大島(1981)pp.84-85
  11. ^ a b c d 『ラルース 図説 世界人物百科I』(2004)pp.323-328
  12. ^ a b 大島(1981)p.96
  13. ^ 島田 2016, p. 139.
  14. ^ 島田 2016, p. 140.
  15. ^ 塩尻 2005, p. 542.
  16. ^ ケベル(2006)pp.156-157
  17. ^ 大島(1981)p.59
  18. ^ 塩尻 2005, p. 540.
  19. ^ 鎌田繁著『イスラームの知とハディースの知』
  20. ^ a b 『もう一度学びたい世界の宗教』(2005)pp.84-85
  21. ^ 石川(1993)pp.91-95
  22. ^ 大島(1981)pp.78-79
  23. ^ イブン・カスィールによるクルアーン第55章及び第56章への言及
  24. ^ Victor Reklaitis (2015年10月9日). “ISはなぜトヨタ車を愛用するのか-米が説明要求” (日本語). ウォール・ストリート・ジャーナル. http://jp.wsj.com/articles/SB11828848094781684513604581280681440845092 2016年10月22日閲覧。 

クルアーンの原典への参照

  1. ^ 第49章15節部屋”. 2017年5月23日閲覧。
  2. ^ 第2章193節雌牛”. 2017年5月23日閲覧。
  3. ^ 第2章190節雌牛”. 2020年9月23日閲覧。






ジハードと同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ジハード」の関連用語

ジハードのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ジハードのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのジハード (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS