アードパトリック
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 03:04 UTC 版)
ナビゲーションに移動 検索に移動| アードパトリック | |
|---|---|
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| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 青鹿毛 |
| 生誕 | 1899年 |
| 死没 | 1923年 |
| 父 | セントフローリアン |
| 母 | ルガネッテ |
| 生国 | イギリス |
| 生産者 | Mr John Gubbins |
| 馬主 | Mr John Gubbins |
| 調教師 | Sam Darling |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 11戦6勝 |
アードパトリック(Ard Patrick, 1899年 - 1923年)とは、20世紀初頭に活躍したイギリスの競走馬である。のちドイツで種牡馬として成功した。半兄にイギリスクラシック三冠馬ガルティーモアがおり、馬名も兄と同じく山の名に因んでいる。
主な勝ち鞍は1902年のエプソムダービーとプリンスオブウェールズステークス、1903年エクリプスステークス等。2000ギニーはセプターの3着に敗れたが、エプソムダービーではそのセプターを4着に沈め同馬のクラシック五冠を阻止した。
その後故障で調子を崩すも、翌年のプリンセスオブウェールズステークスを快勝。続くエクリプスステークスでは四冠馬セプター、同年の二冠馬ロックサンド(後の三冠馬)との対決となり、ロックサンドとアードパトリックを振り切ったセプターが一瞬勝ったかに思われたが、アードパトリックが再び差し返し首差勝利を収めた。この激闘の後、脚部に不安を発症し引退、兄と同じくドイツで種牡馬入りした。ドイツではセントサイモン系種牡馬の先駆けとなり、1911,13,14年の3度種牡馬リーディングトップに立った。主な産駒にドイチェスダービー優勝馬アリエル、ニュージーランドリーディングサイアーのリュキュリュス等。
主な産駒
- アリエル(ドイチェスダービー)
- Letizia(ディアナ賞(ドイツオークス))
- Marabour(ハンガリーセントレジャー)
- Dolomit(ドイツ賞)
- Lucullus(ニュージーランドリーディングサイアー)
- Antwort(モーリスラクロアトロフィー、繁殖牝馬としても成功)
血統表
| アードパトリックの血統(セントサイモン系/Cowl5×4=9.38%、Pocahontas5×5=6.25%) | (血統表の出典) | |||
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父
St. Florian 1891 |
父の父
St. Simon1881 鹿 |
Galopin | Vedette | |
| Flying Duchess | ||||
| St. Angela | King Tom | |||
| Adeline | ||||
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父の母
Palmflower1874 鹿 |
The Palmer | Beadsman | ||
| Madame Eglentine | ||||
| Jenny Diver | Buccaneer | |||
| Fairy | ||||
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母
Morganette 1884 |
Springfield 1873 鹿 |
St. Albans | Stockwell | |
| Bribery | ||||
| Viridis | Marsyas | |||
| Maid of Palmyra | ||||
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母の母
Lady Morgan1868 |
Thormanby | Windhound | ||
| Alice Hawthorn | ||||
| Morgan La Faye | Cowl | |||
| Miami F-No.5-j | ||||
外部リンク
- 競走馬成績と情報 JBISサーチ
固有名詞の分類
| サラブレッド |
スクエアエディー スズカマンボ アードパトリック ヘンリーザナビゲーター ニューミンスター |
| イギリス調教の競走馬 |
カイフタラ スクエアエディー アードパトリック ニューミンスター ジムクラック |
| イギリス生産の競走馬 |
ゲイクルセイダー カイフタラ アードパトリック ニューミンスター ジムクラック |
| 1899年生 (競走馬) |
アードパトリック インタグリオー |
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