R.J.レイノルズ (野球)とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > R.J.レイノルズ (野球)の意味・解説 

R.J.レイノルズ (野球)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/16 14:51 UTC 版)

R.J.レイノルズ
R. J. Reynolds
1986年
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サクラメント
生年月日 (1959-04-19) 1959年4月19日(65歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
190 lb =約86.2 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 外野手
プロ入り 1980年 MLBドラフト2巡目
初出場 MLB / 1983年9月1日
NPB / 1991年4月6日
最終出場 MLB / 1990年10月2日
NPB / 1993年10月10日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ロバート・ジェームズ・レイノルズ(Robert James "R. J." Reynolds、1959年4月19日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身の元プロ野球選手外野手)。右投両打。ニックネームとして「R.J.」と呼ばれていた。

日本プロ野球における11打席(打数)連続安打の日本記録を持つ。

来歴

1980年ドラフト2巡目でロサンゼルス・ドジャースに入団。1983年メジャー初昇格。

1990年秋の日米野球ピッツバーグ・パイレーツの一員として来日した際、メジャー通算109盗塁の俊足と強肩が首脳陣の目に留まり、横浜大洋ホエールズと契約。現役メジャーリーガーの入団として話題となる。

1991年の開幕戦で6打数4安打と鮮烈なデビューを飾ると、8月1日中日ドラゴンズ戦から8月4日ヤクルトスワローズ戦にかけて、日本プロ野球記録となる11打席連続安打11打数連続安打を達成するなど、シュアな打撃と強肩を活かした外野からの返球は他球団の脅威となった。このシーズンは、打率リーグ5位の.316、リーグ6位タイの80打点の活躍を見せ、外野手としてベストナインおよびゴールデングラブ賞を獲得し、注目を浴びた。ただし、この年は左打席では.351の高打率を残すも、右打席には.222と苦手にしていた[1]

1992年は他球団のマークもあり、打率.248と大幅に成績を落とした。同年オフの11月11日に大洋球団は「横浜ベイスターズ」に球団名を変更したが[2]、それに先んじて10月15日には翌1993年の新外国人選手としてマイナーリーグ3Aエドモントンカリフォルニア・エンゼルスの傘下)からロバート・ローズを獲得することを発表した[3]。ローズの獲得に伴いレイノルズは解雇されることが決まり[4]自由契約となった。

1993年には近鉄バファローズへ移籍し打率.298、18本塁打の成績を残すが、左投手に弱い点がネックとなり、シーズン後半は毎日のように5番ライトが偵察要員で、右投手相手の試合だけ偵察要員と交代するという形で出場することになった。オフに再び自由契約となり、現役引退。

人物・選手としての特徴

当時、視覚効果により脚を長く見せる働きがあるといわれていた、アンダーストッキングをズボンで完全に隠すというメジャーリーグで流行し始めたユニフォームの着こなしを、日本プロ野球で最初にした選手である。ただし、近鉄移籍後は、膝下までストッキングをまくり上げるオールドスタイルでもプレーしていた。

スイッチヒッターであり、MLB時代は右打席での打率の方が高かったが(左打席は通算.259、30本塁打、OPS.706、右打席は通算.284、5本塁打、OPS.695[5])、日本では右打席は極端な低打率であった。11打席連続安打は、最初の2打席は左投手の今中慎二相手に右打席で放ったが、残り9打席は左打席であり、12打席目に左投手の乱橋幸仁を相手に右打席で凡退して途切れた。

メジャーリーグでは俊足選手として活躍していたが、日本では膝の故障もあり、思うように盗塁数は伸びなかったものの、在籍3シーズンは全て二桁盗塁を記録するなど、脚力自体は高水準を維持し続けた。

大洋時代はグラウンドに乱入したファンにサインをねだられ、試合中にもかかわらず応じたことがある。

11連続打数安打記録は2003年高橋由伸が達成し現在はNPBタイ記録だが、高橋の記録は3四球を挟む11"打数"連続安打(同時に14打席連続出塁の当時の日本タイ記録を樹立)であり、連続"打席"安打としては現在もレイノルズが単独最高記録である

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1983 LAD 24 61 55 5 13 0 0 2 19 11 5 0 1 2 3 1 0 11 1 .236 .267 .345 .612
1984 73 261 240 24 62 12 2 2 84 24 7 5 4 2 14 0 1 38 6 .258 .300 .350 .650
1985 73 229 207 22 55 10 4 0 73 25 6 3 5 3 13 0 1 31 3 .266 .308 .353 .661
PIT 31 142 130 22 40 5 3 3 60 17 12 2 2 0 9 1 1 18 3 .308 .357 .462 .819
'85計 104 371 337 44 95 15 7 3 133 42 18 5 7 3 22 1 2 49 6 .282 .327 .395 .722
1986 118 448 402 63 108 30 2 9 169 48 16 9 3 2 40 4 1 78 10 .269 .335 .420 .755
1987 117 375 335 47 87 24 1 7 134 51 14 1 0 6 34 8 0 80 5 .260 .323 .400 .723
1988 130 347 323 35 80 14 2 6 116 51 15 2 0 4 20 3 0 62 5 .248 .288 .359 .647
1989 125 403 363 45 98 16 2 6 136 48 22 5 1 4 34 8 1 66 13 .270 .331 .375 .706
1990 95 240 215 25 62 10 1 0 74 19 12 2 0 2 23 1 0 35 12 .288 .354 .344 .698
1991 大洋 118 511 468 71 148 29 1 15 224 80 17 10 0 2 37 3 1 77 12 .316 .366 .479 .845
1992 113 470 427 57 106 16 0 19 179 66 12 6 0 2 39 2 2 102 13 .248 .313 .419 .726
1993 近鉄 104 368 336 46 100 20 1 18 176 50 12 8 0 2 30 1 0 74 14 .298 .353 .524 .877
MLB:8年 786 2506 2270 288 605 121 17 35 865 294 109 29 16 25 190 26 5 419 58 .267 .321 .381 .702
NPB:3年 335 1349 1231 174 354 65 2 52 579 196 41 24 0 6 106 6 3 253 39 .288 .344 .470 .814

記録

NPB
その他の記録
  • 11打席連続安打(1991年8月1日 - 8月4日) ※NPB単独1位記録。11「打数」連続安打としては当時新記録であったが現在はタイ記録。

表彰

背番号

  • 23(1983年 - 1985年途中、1986年途中 - 1992年)
  • 39(1985年途中 - 1986年途中)
  • 33(1993年)

脚注

  1. ^ 読売新聞1994年8月4日夕刊3面
  2. ^ 中日新聞』1992年10月9日朝刊第一運動スポーツ面27頁「横浜ベイスターズ 来月11日に球団名発表」
  3. ^ 『中日新聞』1992年10月16日朝刊第一運動スポーツ面27頁「大洋がローズ獲得」
  4. ^ 読売新聞』1992年10月16日東京朝刊スポーツA面21頁「大洋が米大リーグ、エンゼルスのローズ内野手を獲得/プロ野球」
  5. ^ https://www.baseball-reference.com/players/split.fcgi?id=reynor.01&year=Career&t=b#all_plato

関連項目

外部リンク




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「R.J.レイノルズ (野球)」の関連用語

R.J.レイノルズ (野球)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



R.J.レイノルズ (野球)のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのR.J.レイノルズ (野球) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS