M-73計画 - マルス4号、5号、6号、7号
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1973年7月から8月にかけてソビエト連邦は、マルス4号から7号までの探査機をM-73計画として打ち上げた。この年は地球から火星への飛行コースが効率的な時期ではなかったため、1971年と同じ質量の探査機を火星の軌道に投入できなかった。対策として探査機を軽量化する必要が生じた。前回は1機の探査機が軌道上からの探査と着陸機の投下を行うことができたが、今回は2種類の探査機で役割を分担した。 マルス4号と5号は、火星周回軌道上から、火星の大気と地表の組成、構造、特性についてのデータを送り返した。軌道上からの観測専用とし、降下モジュールを搭載しないことで質量を制限内に収めた。 マルス6号と7号は降下モジュールを備えていたが、代わりに火星軌道投入に必要な燃料を搭載しなかった。着陸機を分離した母船は、火星の重力圏を通り過ぎて太陽周回軌道に入った。着陸機の通信は4号と5号で中継する計画だった。 打ち上げにはいずれもプロトンSL-12/D-1-eを用いた。
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